お題「良いお年を」
オレはニュースが観たいのに、歌ったり大食いしたり、逃走したりと、やってる本人たちが楽しんでいるようで冷めてしまう。
だからもうニュースは諦めてホロライブの「行くホロ来るホロ」を観ることにする。
それが終わったらイリアムで配信してる女の子にお年玉を課金する。
彼女たちは200円くらい投げるだけで大喜びするから、犬に餌を放る感じでこちらも暗い喜びが刺激される。
それも終わったらアマプラで「ガンダム水星の魔女」を観てから「チェンソーマン」でも見るかな。
なんかもっと有意義な年越しらしい年越しをしたい。
お参りなんかしちゃったりなんかしちゃったりして。
でもコロナや行列は勘弁。
みんなもこんな感じでダラダラと年越ししているんだと信じている。
お題「一年間を振り返る」
お題を出されてさぁ何が心の中から引き上げることができるのか?
それは作家として、とてもスリリングな瞬間だ。
心という釣り堀に糸を垂らして、何重にも輪を作る水面を眺める。
釣り堀の魚も大事だけど、釣り人の環境でも釣り上げるものが変わってくる。
座っているのか歩いているのか。
使い慣れた机の前かオシャレな喫茶店か。
時間があるのか焦っているのか。
苦しいのか健やかなのか。
水量や水質は作家のそれまでの体験によるだろうから老練な作家ほど、堀は深く、魚の種類も豊富だと考えるのが順当だろう。
経験を積んでいきたい。
しかし経験は痛みを伴うから少し怖い気もする。
まぁまぁそれは置いておいて今晩は糸を垂らそう。
いつか大物を釣り上げることを夢見て、私はお題を餌に自分の心に糸を垂らす。
ワクワクしながら、うつらうつらと、ドキドキしながら、ふらふらと。
仕事は明日から三日までおやすみ
週五〜週六勤務
週五は多いよ...
でも五連休は少ないよ...
お題「手ぶくろ」
手ぶくろを買いに、という童話がある。
内容はみんな知っているだろうから、あえて説明はしない。
こぎつねの手を人の手に変えることができるなら、その逆はどうだろうか?
可能である。
可能であるていで話をつづける。
わたしの手をキツネの手に変えてもらえないだろうか?
ニャンコの手なら尚いい。
そしてわたしは憧れの結衣ちゃんのところに行くんだ。
「見てみて、ボク、実はニャンコなんだ!」
「まぁ!素敵!」
......とはならんか。
ならんな。
そもそも誰だよ、結衣ちゃんって。
......。
そういえば、ごんぎつねと手ぶくろを買いにの作者って同じ人だっけ?
キツネ好きだったんかなぁ。