テーマ:太陽
【レモンソーダ】
燦々と降り注ぐ日差しが熱く、伊波豊は手で庇を作り目を眇めた。
マンションを出た途端にこれか。
目深に被った野球帽も意味をなさないような容赦ない陽光の照り付けに豊の口から小さく溜息が漏れる。
エアコンでしっかりと快適な空間に出来上がっていた自室に引っ込んでいたい。しかし、右手に持った虫取り網とショルダーバッグのように斜めに掛けた虫取りカゴがそれを許さないことを示している。
半袖Tシャツにジーンズに運動靴。
どこから見たってやる気勢な出立ちに反して豊の心は一歩進むごとに萎んでいく。
部屋に帰りたい。帰ってゲームがしたい。
アスファルトの熱が靴裏を通して豊のなけなしの体力を奪おうとする。
颯爽と横切っていく宅配自転車が恨めしい。
鬱々とした気持ちを抱えながらも歩みを止めずに近所の公園前を通り、大通りへと出てバス停へ向かうのはある約束をしたからだ。
小学校5年生の彼は、クラス内で特に目立ったところもなく、ただ素直に先生の言うことを聞き、同じくゲーム好きな友達とグループを作る極々普通の少年である。
授業中に板書はするが自ら手を挙げることはなく、指されたときにだけポソポソと答える。
成績は中の上、良くも悪くもなく体育だけは5段階評価でどんなに頑張っても3止まりなくらいで面倒事を起こすこともない生徒。
歴代の担任から通知表に書かれる言葉は“真面目”とそれ以外。
前は全然気にも留めてなかったのに面白味がないんだろうななんて思い始めたのは、きっと恋をしたからかもしれない。
そう、恋だ。
豊は同じクラスの柏木美穂に恋をしていた。
けれど話題を探して声をかけて楽しくお喋りに転じる上等テクニックを使える筈もなく、せいぜい「おはよう」と「バイバイ」の挨拶をちょっとだけ声を張ってするのが精一杯である。
これが校内一サッカーが上手なサッカー部のエース、時枝漣ならイケメンか格好良いの2択が選ばれるだろう。
だって名前からしてイケメンっぽい。
豊という名前は嫌いじゃないが、今じゃもう少し廃れてきている感じがする。
美穂と漣、豊と美穂なら圧倒的に前者の方が現代っぽい。
豊が悶々と考えている内にバスは目的地である隣町の神社前に着いていた。
お金と乗車券をコイン投入口に入れてバスのステップを降りる。
神社の境内から伸びる枝葉が自然の傘を作っているらしく、思いの外暑くなかった。
「うるさっ…」
その分、蝉の声がやたらと耳に響く。
神社を囲うブロック塀に沿って歩き、境内へと入る。
しめ縄を巻かれた一際大きな御神木に出迎えられながら、豊は微かに湿り気を帯びた土の上を進んでいく。
約束したのは賽銭箱の前。時間は見ていないから分からないが、約束の14時より前の13時には家を出たから多分30分くらい前だろう。