12/13/2023, 2:27:39 PM
「愛を注いで」
愛って、液体なの?
液体に触れても、それは液体の冷たさとか温かさとか、さらさらしてたりどろどろしてたりとかいう感触があるから、触れたって感じてるだけで、実際のところ、自分の体を避けられてその液体は存在している。
と、言ってもいいかもしれない。
愛も、同じなの?
あ、でも、「注ぐ」と言われたなら、私たちの体には空洞があるはず。
それは目に見えない。
それはきっと心の空洞だ。
コップは、空洞に液体を注がれて初めて、コップとしての役割を果たせるのだろう。
じゃあ、人間の心は?
人間の心は、空洞に愛を注がれて初めて、人間の心としての役割を果たせるのか?
もしくは、
人間は、心の空洞に愛を注がれて初めて、人間としての役割を果たせるのか。
あ、多分前者だ。
人間の心としての役割っていうのは、色んなことを感じることだと思う。
愛を注がれたら、色んなことを感じることができる。
注がれなければ、 。
考えてみれば確かにそうかもしれない。
例えば、親からの愛を注がれて育った子と、そうではない子をイメージして比べてみれば全然違う印象だ。
そうか。
植物は、水を注いで生きている。
人の心は、愛を注いで生かされている。
そうでなければ、枯れていくだけなんだ。