「ねぇ、まだ着かないの?」
「んー……そうだなぁ。もうちょっとしたら見えると思うんだけど。」
エンジンを嘶かせながら、僕らは獣道を進んでいく。旅行に行こうと言い出したのは僕だったか彼女だったか。
「ふぅん……ねぇ、考えてくれた?結婚の話。」
「あー……あぁ、うん。ちゃんと考えてるよ。お父さん達にもせっつかれてるしね。」
「そうね……私の方にも『孫の顔はまだか!』なんて……気が早すぎるわよねぇ……」
僕らは、自分達の住む都会の空気から離れたかったのかもしれないと、ふと思う。仕事と恋人の為に送る日々は刺激的で、毎日に全く飽きが来ない。両親との仲も良い。けれど、どこか漠然とした不安感と焦燥感がある。僕達はいつも何かに追いかけられて生きている。それが僕らに祝福を与えようとしてくれる優しい天使なのか、はたまた丸呑みにする機会を虎視眈々と狙っている蛇なのか、立ち止まって後ろを振り返る余裕は僕にはなかった。走り続けるだけで日々は過ぎていく。
「……そろそろ、着きそうだ。」
「ん、そっかぁ……ようやくかぁ〜」
森を抜ければ、そこには開けた草原。空には明るく赤く光る星が1つ。
「はぁ……ふふ。寒いね。」
「……そうだね。」
彼女が首に巻いたマフラーの先っぽをこちらに渡す。僕はそっとそれを受け取り、自分の首に巻いた。
草原に腰を下ろす。
音はない。人はいない。娯楽施設も、信号機もない。けれどそこには確かに時間があった。
星々がゆっくりと流れていく。それは、まるで時間までもがゆっくりと引き伸ばされていくようで、空を見ているだけなのにどれほどの時間が経ったのかもわからない。
左腕に付けた時計を見れば、今が何時何分が正確にわかるのだろう。けれど、そうする気にはなれない。
「…………ねぇ」
どれくらいそうしていたかわからなくなって、彼女が口にする。
「…………帰ろっか。」
「…………そうだな。」
車に二人で乗り込み、来た道を帰っていく。ふと時計を見てみれば、1時間も経っていなかった。けれど、それはあの星々の輝きを否定することにはならなかった。
2人だけの時間は、日々の喧騒の中でも必要な、後ろを振り返る為の時間になったのだから。