【カラフル】
美しい色彩に囲まれて
私は生きていた
青い空に緑の森、真っ赤な夕日
どれも大好きだった
この世に産まれてからずっと
そんな世界を眺められるのは
自分にとって当たり前のことだった
だけど私はある日
全ての色を無くした
部屋の中を走り回っていたら
滑って転んで勢いがつき
不運にも凹凸のある壁に両目を強打したのだ
わずか5歳の頃のことである
カラフルで自由な世界から
突然真っ黒な闇の中に閉じ込められたようだった
いつもは駄々をこねれば何でも買ってくれた両親も
私がどんなに泣いても喚いても
この闇から助け出してくれることはなく
その顔を見せてくれることもなかった
ただ、真っ暗な中で「ごめんね」と繰り返す母の涙声が
聞こえてくるだけだった
だけど、それでも人間というものは
生きていかなければならないものらしい
視覚を失って食欲を失くし
毎日ぼんやりと過ごすばかりの私に
両親は私が好きなラーメンやカレーの匂いを嗅がせ
好きだったアニメの主題歌を聴かせ
手を握ってたくさん話しかけてきた
真っ暗な中にいても
生きていればお腹が空いてくるものだと知って
私は初めてカレーを見ることなくカレーを食べた
何をしていても真っ黒に塗り潰された視界
最初はつまらなかったが
そんな中でも少しずつ楽しみを見つけた
目が見えなくても遊べる、音の出るゲームで遊んだり
指先で物を触って、ひとつひとつ確認することを覚えたり
匂いを嗅いで、なんの料理かを当ててみたり
母とともに、杖をつきながら出かけられるようにもなった
ある時、夢を見た
音を聴いて遊べるゲームの夢だ
キラッという音がどの方向から聴こえたのかを
指で指し示すのだ
右を指差すと、真っ暗な中でピンポンと正解の音が聴こえた
その瞬間、私の目の前はカラフルな世界に変わった
五歳の頃の家の中だ
寝る時に使っていた黄色い毛布
お気に入りの赤いワンピース
よく読んでいた青い表紙の絵本
そして、毎日覗き込んでいた鏡には
十歳になった私が映っていた
だけどその顔はよく分からない
実際には見たことがないからだろう
目を覚ました私は
また真っ暗な世界にいたけれど
きっと今の私は
かわいい女の子になっているだろうと想像して微笑む
私が今着ている服は
きっと綺麗な緑色をしているだろうと想像して
私が昔から使っている毛布は
黄色いけれど少し色褪せているのかな、なんて思う
私はたしかに真っ暗な世界にいるけれど
あの日から私の頭の中の世界はカラフルになった
私は私の周りのものに
自分の頭の中で好きな色を付けていくしかない
だけどそれは
自分の好きな色を付けられるとも言い換えられる
私よりずっと高いところにあるあの空は
きっと虹色だろう
目が見えなくても
私はちゃんとカラフルな世界にいる
私の毎日は輝いている
【楽園】
俺は子どものころ
毎日ひもじい思いをしていた
時には自分よりデカい猫にいじめられることもあった
そんな中、大雨が降り
濡れた状態でメシも食えていなかった俺は
どんどん衰弱していった
ぐったりと横たわりながら
このまま死んじまうのかな、と思った時
一人の人間が俺を抱き上げた
触るな、どこへ連れていくんだ
そう思いながらも抗う力も残っておらず
人間の手の温かさを感じていた
あれから数年
俺は立派な成犬になった
今は俺を拾ってくれた人間の家で
何不自由なく暮らしている
腹を空かすことも寂しい思いをすることもなく
雨に濡れることすら稀だ
他にも同じような経緯でここに来た犬や猫たちがいて
そいつらとも上手くやっている
そういえばこの間
人間と散歩をしていたら
昔俺のことをいじめていた猫と再会した
だが、俺が大きくなったせいで随分と小さく見えた
デカい声で吠えて脅かしてやったら
尻尾を丸めて逃げていった
人間もいつもは吠えない俺が吠えたことに驚いていた
普段の俺は
縁側でのんびりと日向ぼっこをしたり
家の中でくつろいだり
幸せな時間を過ごしている
ここは俺にとって、最高の楽園だ
【風に乗って】
外に造られた真っ白で丸いステージの上
その中央に置かれた真っ黒なピアノ
私は指を踊らせ音楽を奏でる
音符が風に乗って運ばれていくかのように
周りにいる十人足らずのファンの元へと届けられる
彼らはうっとりと感嘆のため息をつき
演奏が終われば精一杯の拍手を送ってくれた
もっともっとたくさんの人に
私の演奏を聴いてもらいたい
私の奏でた音楽が風に乗り
いつか遠い国へと届きますように
【刹那】
私は姿を眩ました友人を探すため、一人で旅に出た。その旅の途中、雨宿りのために入った洞窟で美しい青年に出会う。
出会ったばかりのころ、彼は自分の歳を「百万五十九歳だ」と言った。
けれども彼の容姿は二十代半ばの美青年にしか見えず、私はその言葉をすぐには信じられずにいた。
彼は自分と同じ種族の仲間を探すため旅に出る予定だと言った。目指す場所が同じだった私と彼は、共に旅をすることとなった。
彼は年齢についてはよく分からないことを言っていたが優しく穏やかな性格で、私は彼を怪しむ以上に一緒に旅をする仲間ができたことに喜びを感じていた。
彼は何をするにも真面目で、いつも青く澄んだ瞳を私に向けていた。厳しい旅の途中、さらさらとした金髪を風になびかせながら時に私を励まし時に私を笑わせ、時に今までに自分が体験したことを語り、分かりやすい嘘をつくようなことは一度もなかった。
彼は自分がこれまで見てきたことの一部を私に語った。
「千年ほど前はこのあたりには人はおらず草も生えていなかったが、今はビルが立ち並んでいるなんて不思議だ」とか、「十万年前もここでは戦争があった。今、また戦争をしているなんて、人間は愚かだ」とか。
しばらく生きてきたけれど人間一人一人とはあまり深く関わってこなかったから、人間について詳しいことは分からないのだと彼は言っていた。そして、「深く関わった人間は、お前が初めてだ」とも。
彼の真面目な人柄や真剣に語る様子を考えるととても嘘をついているようには思えず、私は次第に彼が「長い時を生きてきた人間ではない存在」だということを信じるようになった。
二十一歳の人間である私は、きっと長くても百歳ちょっとで寿命を終えてしまうだろう。
対して現在百万五十九歳の彼は、彼の話を聞くに三百万歳ほどまで生きられるのだという。
私が彼よりとても早く一生を終えることは、残酷で確かな事実だった。
私たちの旅は、ちょうど一ヶ月ほどで終わってしまった。私は友人と再会し、彼は自分の仲間を見つけることができた。
「一万年後にまたここで会おう」
彼は綺麗な小花がたくさん咲いた丘の上でそう言って笑い、私に手を振った。始めは冗談なのか本気なのか分からなかった。でも、彼が以前人間について詳しく知らないと言っていたことを思い出した。そして、そうか、彼にとってはまたすぐに会おうと言っているつもりなのか、と理解した。
「そうだね」
笑顔でそう答えて手を振り返し、私と彼は別れた。
半年後に会おう、一年後に会おう、十年後に会おう……そんな風にもっと早く会う約束をすれば、本当にもう一度彼に会えただろう。だけど私は、あえて言わなかった。このまま会わない方が、彼の心に私という存在をこれ以上深く刻み込まずに済むだろうから。彼よりずっと短い時間で居なくなる私のことなんて、出来るだけ早く忘れてしまった方がいい。
三百万年という年月を生きる種族である、聡明で、細やかな気遣いができて、美しくて、何かを悟ったような瞳をした彼。そんな魅力的で神秘的な彼の生きる長い年月に刹那関われただけで、私は充分幸せだから。
【生きる意味】
生きることに
きっと明確な意味はないけれど
ひとりひとりが
自分が生きる意味を
探すために生きている
自分だけの
生きる意味を見つけるために
今日も前を向く