太陽のような
その笑みに酔う。
誰もが信じる。誰もが讃える。神の言葉を破壊して、新たな御旗を掲げ抗うかの御方。決まりきった口上も、雇われ金にかしずく亡者も皆要らない。神ではなく、人の味方による粛清を!神が我らに何をした。罰を与え、苦しみを与え、自由になることは決して許さず、首輪を繋いで苦痛を与えた。それの何が救いなものか。神になど仕えずとも、我らは幸せを勝ち取れる!余計なお世話だこっちへくるな!その叫び、神は押し殺して蓋をし無かったことにした。聞き届けるは、愚かな人より生まれし神秘。神とはまた異なった紛い物のような精緻に作られたその御尊顔。正義を貫き、光を映す黄金の瞳。光の届かぬ夜の如く、鮮やかに目を閉じ変わらぬ墨色の御髪!彼女が、彼女こそが!世に伝え、世に成し遂げ、世を変え神を罰するお方であろう!彼女の笑みは世界の光。あの方の嘆きは人の嘆き。誰もが従い、誰もが崇め、遍く人を虜にするその笑みと言ったらもう!この世のどんな景色よりも、美しく麗しく、誰だって平伏して全てを捧げるような笑みだった。
無論、彼女とて笑うことが仕事ではない。信じる者は救われる、など馬鹿馬鹿しい。結局お前らが利を貪りたいだけだ。神の全ては見かけを取り繕った腐ったリンゴだ。ハリボテだらけの奇跡を誰が信じる?祈っても死後は不確か。ならば現実を楽しむほかあるまいて。教え、説き、導き、仰ぐ。それがかのお方の先導者としてのお力だった。あのお方は本気で神に抗おうとしていた。かのお方は神に奪われたのだ。神は医者を許さなかった。神は彼女に祈らせた。神はかのお方の母君をお助けにならず、また医者にも助けさせようとなさらなかった。救済など嘘つきの妄言だ。かのお方の母君は、苦難の末に旅立ってしまわれた。医者にかかれば治せる病だった。薬だってあった。神はそれを飲むことを禁じた。許されてはならない。赦してはいけない。だから我らは抗う。神を騙った悪魔の手から逃れるために、持ち得る武器を全て使って。だから我らは教え導く。信じる力は、そのまま神の力となるから。我々は、信仰を集めて神から力を奪い取るのだ。絶対に悲劇が起こらぬように、もう決して、神の名の下に命を奪うことが正当化されないように。奪えば、それは我らの力となる。誰も、できることで悲しませない。絶対に奪わせない。
黒曜石の御髪に金色の瞳。まさしく真の麗しい神の御子となるお方が、多くの信者を前にして、振り返って私に笑いかけた。太陽のような、焼きつき人を惑わす笑み。古い神はもう不要だ。世界の均衡は傾いた。人が持つ自浄作用が、今日も神を殺す。さあ成り上がれ。神を殺して、黒の御髪が純白へと彩を変える。神の光をそのまま纏い、かのお方は民の方を向く。以前とは反対の色に覆われたその笑みは、真昼の太陽の如き笑み。新たな神の誕生に、遍く人が酔いしれ、歓声を上げる。神殺しはそのまま神に。今までの神は堕落し悪魔に。このお方も系譜に連なった。数百年後、数千年後には、この方も堕天するのだろう。神と讃えられ、振りまかれる眩い笑みにくらりとしつつ、系譜を辿る日が来なければ良い、と心から願った。
今日にさよなら
今日も雨ですか?今日は、良い日になりましたでしょうか。あなたの住んでいる場所は、私からはあまりに遠いので、こうして誰かに託しています。あなたのところは、いつだって雨が降っているとお聞きしました。私が住んでいる場所も雨が多いところではありますが、季節によって差があることが常で、あなたのところのようにいつも雨、と言うことはあり得ない場所でございます。あなたが私のところにいらして、そして帰ってから、もう何年になるのでしょう。また来るよ、と言ったあなたは、この10数年、一度も此方に戻ってくることはありませんでした。私が、一体どの様な思いであなたをお待ちしていたか、あなたには決してわかりますまい。それほどまでに、私はあなたともう一度会い見えることを楽しみに、首をありったけ伸ばしてお待ちしておりました。ですが、あなたは来なかった。きっとやむを得ない事情があったのだろうとは思いますし、あなたの立場だってそれなりに存じ上げているつもりではございます。ですが、この10数年、便りのひとつもないと言うのは些かひどいのではないでしょうか。しかし、今日、この眠りやすき日に、長い夜の中までこの話を持ち込むのは無粋というものでしょう。ですから、私から始めた話ではございますが、一旦は短き世のこと、いっときの事として水に流しておきます。10数年など、長きを生きたあなたからすれば瞬きの合間なのでしょうから、あなたがこれをお読みになった時に、お返事を頂戴したいと思いますので、何卒ご返信いただきますよう、どうぞよろしくお願い致します。それではどうかお元気で。全ての禍根を今日に残して、恨みに別れを告げられることを願います。
あなたのいっときの友、蒼葉。
飴色に輝くアンティーク。華奢な白樺の椅子。ベッドの脇にあるランプ。木の上にある秘密基地。銀の額縁に彩られた肖像画。銘が打たれたロケットペンダント。みんな暖かい綺麗なもの。
月に照らされた夜の古城。海の脇のマングローブ。蛍ガラスのイヤリング。銀箔が乗った海色の錦玉館。
深い紺色の万年筆。冷たい氷の龍。星空を映した水鏡。みんな凍てつく美しさ。
彫金なされた羅針盤。世界の写し身の地球儀。大海原を渡る白い帆。狐色のホットケーキ。やわらかいテディベア。波に寄せた桜貝。前を見据えた貴方の横顔。一息つける美しさ。綺麗なものは、大事にしまう