まな

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8/25/2023, 9:05:38 AM

煙草




狭い僕のワンルームに彼女が高めのワインを持ってやってきた。


ワインにつられて部屋に招き宅飲みを始めた。


“じゃああんたは恋愛とかしないんだ。”


なんの興味もなさそうに彼女は言った。


“君は恋愛しないと生きていけないタイプだね。”


僕はあえて悪意で返した。


彼女は表情1つ変えずに言った。


“愛のない人生なんて楽しくないでしょ。”


僕はあえて笑って答えた。


“それには同感だね。”


彼女のイライラが沸々と湧き上がっているのがわかる。


“意味分かんない。”


僕はあえて嫌味っぽく答えた。


“だろうね。”


彼女は溜まったイライラを拳にのせ、僕の腹を殴った。


“しばくぞ?”


僕は油断していた腹を擦った。


“しばいてんじゃん。”


彼女はまた興味なさそうに聞いた。


“あんたの恋愛って何よ。”


僕は即答した。


“この世で1番要らないもの。”


彼女はこの質問について深く聞かなかった。


代わりに全く別物の質問をした。


“じゃああんたの愛って何よ。”


僕は少し考え込む素振りを見せた。


彼女は心底うざそうに


“そういうのいいから。”


とぶった切った。


僕は鼻で笑い答えた。


“1番脆くて邪魔で必要なもの。”


彼女は僕を見つめたあと溜息をついた。


“違いがわからないんだけど。”


僕はあえて嫌味っぽく答えた。


“だろうね。”


彼女からまたイライラを感じ取った。


“いいから説明しろや。”


見た目からは想像出来ないくらい口の悪い彼女を見て盛大に笑ってしまった。


イライラの溜まった彼女にまた腹を殴られた。


咳き込みながら僕は答えた。


“恋愛とはある1人の人間を愛し続けること。”


彼女は頷いた。


“愛とはある1人の人間を愛し抜くこと。”


彼女は首を傾げた。


“何が違うの?”


僕は答えた。


“恋愛は一時の感情、愛は永遠の感情。”


彼女は眉間に皺を寄せた。


“はぁ?恋愛だって突き詰めれば永遠じゃない。”


僕は煙草を取り出し口に咥えた。


煙草の煙をあえて彼女の顔の前で吹く。


“そんなんだから君は馬鹿だと言われるんだ。”


彼女は今日1の殴りを僕の腹に決めた。


“今のは言葉より煙草にむかついた。”


3発殴りをくらった腹を労りながら謝った。


“ごめんごめん。”


彼女は僕の煙草を奪うとさっさと灰皿で火を消した。


その動作を虚しく目で追う。


“で、どこのどちら様が馬鹿だって?”


最大限の怒りを込めて彼女は問う。


“ごめんて。”


彼女は顎で続きの説明を求めた。


“両思いの確率ってどのくらいあると思う?”


彼女は本気で考え込んでわからないと言った。


“約2025億分の1の確率。”


彼女は顔を綻ばせた。


“え、すご。運命じゃん。”


思惑通りの返事に僕も顔を綻ばせた。


“そう、恋愛は運命なんだよ。本物ならね。”


彼女はまた不思議そうに首を傾げた。


“愛は本能、恋愛は運命。どっかの誰かが残した名言。”


彼女は結論を話さない僕に飽きだしていた。


“だから?”


“だから愛は本物で恋愛は偽物。”


彼女の顔がまた一層曇った。


ここまで言ってわからない彼女も鈍い。


“だから?”


“だから愛になりきらなかったものが恋愛。”


彼女は更に問い詰めた。


“だから?”


“だから愛を知らない人間は愚かで脆い。”


鈍い彼女も流石に勘づいてきたようだ。


それでも彼女は僕を問い詰めた。


“だから?”


僕は少し間を溜めて答えた。


“だから、君は可哀想だなぁって”


彼女は今日で1番優しくて痛い殴りを僕の腹に決めた。


“ふざけんな。何が可哀想なんだよ。”


元ヤン級の口の悪さで僕に怒りを爆発させる。


“意味分かんない。あんたに恋愛してるあたしが可哀想って?大きなお世話じゃぼけ。”


僕は彼女の言葉を痛く受け止めた。


“何?愛を知ってるあんたが偉くて、恋愛してるあたしが惨めって?”


僕の胸ぐらを掴みながらキレる彼女に手を伸ばした。


“いや、綺麗だなぁって。”


彼女の思考が停止し体が完全に固まった。


彼女の顔の前で手をひらひらさせながら僕は言った。


“沢山の人と恋愛してる君は惨めで可哀想でとても綺麗だよ。”


言葉の真相を知った彼女は怯える胸ぐらから手を離した。


“ただ僕は君のように恋愛は出来ない。
僕はこの狂気じみた重い愛しか持ち合わせてないからね。
君は僕を運命的に愛していても本能的に愛してないだろう。”


彼女は怪物を見たかのように目を見開いてもう1度胸ぐらを掴んだ。


そして、噛み付くように唇を重ねた。


“可哀想な人。”


唇を擦りながら彼女は僕に言ったセリフをそのまんま返した。


彼女の大きな目には溢れんばかりの涙が溜まっていた。


“さよなら。”


そう言って出ていった彼女の背中をやるせなく見送った。


彼女の残した涙に僕は欲情した。

8/23/2023, 11:21:09 PM

優しい死神は海が好き



“お前なんかいなくなればいい”

産まれてから17年間、俺はこの言葉を聞かされ続けた。

父親に、兄貴に、クラスメイトに。

俺はいわゆるいらない子だ。

味方は誰もいない。

庇ってくれる奴も、手を差し伸べてくれる奴も。



母親は俺の命を産むと同時に命を落した。

母親と駆け落ちして結婚した父親もマザコンの兄貴も俺の誕生より母親の死を嘆いた。

そして俺は恨まれ憎まれる対象になった。

物心ついた頃には名前ではなく“死神”と呼ばれた。

小学校に入ってからも特に変わらず

さらに疎まれる人数が増えた。

唯一の救いが俺は幼かったことだ。

幼くて死の怖さを知らない。

死神の意味も、後ろから指を差されて笑われる不愉快さも知らなかった。

それらに恐怖を覚えたのは中学頃だ。

今思えば遅いなと思う。

しかし感情、感覚が狂ってる俺にすれば妥当だとも思う。

さらにそれらが不愉快になったのは高校。

高校ともなれば虐待も虐めも昔の可愛げはなくなり、行為はエスカレートするばかりだ。

暴言暴行。
かつあげ。
食に関するものだって。

上げ出せばきりがない。

人間、怖さを通り越せばもう不愉快になるらしい。

すべての行為に気持ち悪さを感じる。

もう助けを乞うこともなく、ただその行為が早く終われと他人事のように待つだけの毎日だった。



今日もそれらの行為が終わり体はボロボロになっていた。

布団に寝転がる。

ふと目に入った月が綺麗で思わず泣いてしまった。

慌てて目をこする。

しかし涙が止まらず、頬を濡らした。

そして漠然と死にたくなった。

思い立ったら早くて、俺は兄貴のバイクで海に向かっていた。

死ぬなら海で死ぬと決めていたのだ。



海につくと辺りは真っ暗で人はいなかった。

どうせ俺が死んでも嘆く人はいない。

俺は母親とは違うのだから。

一歩一歩進んでいく。

冷たい。

真冬の海は体のすべての感覚を奪っていく。

それすら心地良く感じた。

“ねえ。僕と取引しない?”

どこからか幼い声が聞こえた。

しかし周りには誰もいない。

“その命僕にちょうだいよ。”

また聞こえる。よく見たら浜辺に小さい影が手を振っていた。

馬鹿らしい。

俺はさらに一歩前に進んだ。つもりだった。

しかし俺の意志とは反対に浜辺に戻っている。

俺の意識の抵抗も虚しくいつの間にか砂浜の上を歩いていた。

隣には影が付きまわってくる。

嫌になってそのまま帰った。



帰るともちろん兄貴に殴られた。

部屋に駆け込み座り込んだ。

まだ濡れた服はずっしり重くて気持ち悪い。

“ねえ。僕と取引しない?”

驚いて顔を上げる。

さっきまで影だったやつが光に当たってしっかりとした顔や体の輪郭、パーツを描いていた。

“だ、誰だよ。おまえ…”

“あれ?わかんないか。

僕はねー。そうだなぁ。

“死神”かな。”

そう言って死神は不気味に笑った。

混乱してる俺に死神は話を続けた。

“それじゃあ改めて。

森本海斗君。僕と取引しない?”

“なんで…名前知ってんだよ。”

“知ってるよ。だって死神だもん。”

また不気味に笑う。

“君は死にたい。現にさっき死のうとしてたしね。

でもさ。何にもしないで死ぬなんて馬鹿らしいじゃん?

だからさ。僕と取引するんだ。

3日間。君を僕にちょうだいよ。

僕も君にあげる。どう?

悪い話では無いと思うんだけど。”

どういうことか全く意味がわからなかった。

“どういう意味だよ…”

“ん?まだわかんない?

簡単な話だよ。

君は3日間死神になる。

あだ名なんかじゃない。本当のね。

死神は何でも出来るんだよ。

父親や兄貴に復讐も出来る。

クラスメイトに仕返しすることだって、

世界を終わらせることだって出来るんだ。

君は自由になれる。無力な人間でなくなるんだ。”

世界を終わらせる…

もちろんそんなことしたいとは思わない。

復讐も人殺しも御免だ。

でも、自由になれる…

“俺はどうなるんだよ。”

“あー心配しないで。

3日間君はこの世にいなかったことになる。

でも、3日後にはその3日間が無かったことになるよ。

もちろん僕が君の体を貰ったりなんてしない。

僕はこの取引で人間になるだけだ。”

その後も死神は詳しく話してくれた。

死神は取引成立によって人間になれること。

人間になることが死神界では凄いということ。

“いいよ。取引してやるよ。”

どうかしてるかもしれない。

でももうどうでもよかった。

“ほんとに?やった!

じゃあ取引成立だ。”

そう言って死神は右手を出した。

俺はそっと握り返した。






目が覚めた。

昨日のことが夢だったのではないかと思えてくる。

しかしそんな考えも一瞬で消えた。

いつもの部屋じゃなく真っ暗な世界だった。

どうやら死神になったようだ。

3日間どう過ごそうか。

“おい。海斗。お前どうすんだよ。”

突然の名前呼びにびっくりした。

“いや。誰だよ。”

“あ?

あーそういや海斗いい人間知ってるって言ってたな。”

黒い影がブツブツと独り言を言っていた。

そのすきに逃げようとしたところで捕まった。

“待て待て。ごめんな。

お前人間だったんだろ?可哀想に。”

可哀想?わからなかった。

“俺は圭介。お前は?”

“俺は…海斗。”

“マジかよ。おんなじ名前じゃん。

あ、お前が取引したやつとな。

海斗も気の毒だな。”

気の毒?

“どういう意味だよ。”

“あ?もしかして知らねえのか?

あいつ掟破ったな。

よし海斗、覚えろよ。

取引は3日間だろ?その3日間は仮契約みたいなもんでその3日間以内にまた誰かと取引しねえと人間には戻れねえんだよ。”

は?あいつはそんなこと言ってなかった。つまり…

“騙された…?”

“そういうことだ。”



それから2日なんてすぐにたった。

圭介に教えてもらった通りにしているはずなのに誰も見向きもしない。

もう圭介にも諦めろと言われてしまった。



ラスト1日。

どうせ無理だともう開き直ってた時、あいつがやってきた。

俺らが初めて会ったあの海に。

“その様子だと僕が付いた嘘わかっちゃったか。”

にやにやしながら俺の隣に腰を下ろした。

“ああ。すげーなお前。

騙してまで人間になりたかったのかよ。”

精一杯の嫌味を込めて笑った。

“うん。”

なのにこいつは真っ直ぐに海を見つめて泣いていた。

俺の中で何かが切れた。

“な…んでそこまでして人間になりてえんだよ。

人間なんて人を蹴落とし合うことしか考えてないクソなやつばっかりで。

肩書とか学歴とかしょうもねえもんで正義気取ってる奴らばっかりじゃねえか。”

海斗は不気味に笑った。

“うん。そうだね。僕もそう思ってた。

死神になる前はね。”

言葉を失った。

“僕も騙されたんだ。僕が君にしたようにね。

死神になってわかったんだよ。

空の青さも。花の美しさも。海の綺麗さも。

そして人の優しさも。人の強さも。

全部失ってから気付いたよ。君だってそうだろ?

あんなに白黒の世界が醜い姿になってようやく色付いた。

あんなに憎かった周りが、あんなに醜かった自分が愛おしくさえなった。”

世界が美しい?人が愛おしい?

違う。俺は…

“どうしても最後は人間で終わらせたかった。醜い死神じゃなくて。

海を見たかったんだ。あの頃好きだった海を。ううん。あの頃から好きな海を。”

海斗はやっぱり不気味に笑った。

“ごめんね。君を巻き込んで。

でも安心して。取引内容は守るよ。”

“どうやって…”

“死神は取引成立したら人間になれるんだ。

つまり僕に取引を持ちかければいいんだよ。”

海斗はずるい。そんな話を聞かされてそんなこと出来るわけ無いじゃないか。

“もう僕は十分だよ。

最後の願いも叶った。だからこのまま消えたいんだよ。お願いだ。”

“わ…かった。”

海斗の必死な顔を見たらこう言うしか無いと思った。

“俺と取引しないか。

素敵な取引だ。君を救えるかもしれない。”

“それ圭介でしょ?

こんな言い方しか出来ないからあいつはいつまでたっても死神なんだなあ。”

海斗が笑う。もう不気味さはなかった。

“君の命を俺にくれないか。

俺の一生をかけて君の命を守るよ。

君が今度生まれ変わる時素敵な人間になれるよう。それまで俺に守らせてくれないか?”

海斗は笑った。

“プロポーズみたいだね…

いいよ。取引しよう。”

海斗は右手を出した。

“取引成立だ…”

俺もそっと握り返した。



僕らは最後の会話を交わした。

“海斗。君は人間だ。

死神なんかじゃない。ただ誰かを苦しめるだけの死神じゃない。

自分の不幸を誰かにぶつける奴もいる。

自分の地位を確かめるために誰かを傷つける奴もいる。

でもね。それだけじゃ人間は成り立たない。

やられる奴がいる。じっと耐える奴がいる。

もちろん無いことが大前提だ。

なくならないけどね。

だから守る奴がいるんだ。大丈夫って手を差し伸べてくれる奴がいるんだ。

海斗にもきっといる。大丈夫。

僕は海斗が強いことも優しいことも美しいことも知ってるから。

きっと他にもいるよ。

だって、世界はこんなもに広いから。”

海斗は消えた。綺麗な光となって海へと消えていった。

ありがとうを残して。



それから季節は巡って10回目の冬を迎えた。今年もよく冷える。

あれから俺は高校卒業と同時に家を出た。

新たな場所で森本海斗として1からスタートさせた。

今では大工をしている。

海斗の言うとおり守ってくれる奴が現れた。俺も命をかけて守りたいと思った。

“今日の検診どうだった?”

“順調。

あ、男の子だって。名前考えなくちゃね。”

お腹をさすりながら頬を染めて言った。

ああ。そうかこれが、この感情が愛おしいんだ。



海斗ありがとう。

君もどこかで笑っていられますように。