空中ブランコのような生活が続いていると思う。不安定で刹那的。それでも、全身に風を受けて次の地点を見定め、飛び立つ時は気持ちがいい。
昔学校をサボって、その朝初めて知ったような当てずっぽうな場所へ行ってみたことがある。その日から私の全身が、自分で決めることの楽しさを忘れられずにいるのだ。
元の地面に足をつけられないまま、だからこそ、せめて投げやりになってしまわないように。毎日を丁寧に、不安定に暮らしていきたい。
これを読んでくれた人に、爽やかな1日が訪れますように。
人生を旅に例える人がいるけれど、それなら死はきっと終着点なのだと思う。
旅の終わりは寂しさと、達成感によく似た眠気がやってくる。そしてそれから何度でも、旅の思い出を振り返ることができる。
懐かしんだり、後悔したり、それも含めて愛しく思ったり、そうして新たな視点に気づいたり。
この旅の終わりにあるものが、そんな穏やかな時間だといいと、何も知らない今の私は思っている。
これを読んでくれた人が、たくさんの素敵な思い出を作れますように。
気持ちというのは実体を伴わないものではあるけれど、良くも悪くも現実に多くの影響を与えていると思う。言葉にならずとも、形にならずとも、確かにそこに存在して、見て見ぬ振りをされることに耐えている。
そんな中から少しでも多くのそれに気づいてやることができたら、きっと誰かに安心や愛情として届いていくのだろう。素直に生きることだけが、誰かと通じることだから。
これを読んでくれた人が、少しでも心地よく息をできますように。
優しさだけで生きていけたらいいなと、思わない日はない。しかし人間ご飯は食べなきゃいけないし、呼吸もしないといけないから、きっと死ぬまで無理な話だろう。
人は優しさでできているのかな、奪ったものでできているのかな。今晩食べたカレーはおいしくて、とても優しい味がした。
これを読んでくれた人が、明日も1人分、生きていけますように。
ミッドナイトと聞くと、昔よく聴いた曲を思い出す。きっと普段使うことのない言葉だから、そういったものが最初に出てくるのだろう。
音楽やアートなどにとっておきたい情景を書き出すと、不思議と普段使わない言葉が紛れ込む。あの曲を作った人も、そのままの自分が話さない、けれど確かに存在した景色を歌いたかったのかな。そうだといいなとなんとなく思う。
これを読んでくれた人が、いつでも穏やかな夜を過ごせますように。おやすみなさい。