「忘れられない、いつまでも」
5月10日。あの人の誕生日。
これは偶然か、必然なのか。
きっと未だに引きずっている自分の問題なんだけど、
このお題で浮かぶのはあの人だけかな。
あの人と初めて話した日、告白された日、付き合い始めた日、別れた日。あの人から自分の存在が消えた日。
昨日のように鮮明に覚えている。
恋愛の傷は恋愛でしか埋まらない、とか時間が解決してくれる、とか全て綺麗事なんだとあの人を通して痛感した。
そもそもすぐ次になんて進めなかったし、時間が経てば経つほど後悔が増え、自分を責め続けた。本当に情けないし、未熟過ぎた。良くも悪くも恋愛観が変化したと思う。
今更彼女に何かを求める気持ちなんて毛頭ない。
それでも彼女の笑顔をたまに思い出してしまう。
「一年後、」
どこにいて、何を食べて何を考えているのだろうか。そもそもちゃんと生きているだろうか。
一年前、今日の自分を想像することは出来なかったように、一年後の事も想像する事は難しい。
ただ、難しいからこそ考える必要性と価値があると思っている。一年後というと切り離された未来のように感じるが、例えば半年後、一ヶ月後、どうなっていたいか。
逆算していく。できるだけ具体的に。
一年後の自分はどうなっているだろうか。
自分含め誰にも分からない。
とんでもない成長を遂げてみんなを驚かせる存在になっているかもしれない。
自分が自分に期待し、驚かせることほどワクワクすることもそうないだろう。
そんな感じで自分のことをおだてて、コントロールしている。一日後、一時間後、一秒後の自分。
「初恋の日」
私の初恋は12歳、中学1年生のとき。
一目惚れだった。春を連想させる名前の女性に。
何に惚れたかというと、髪。
おとぎ話に登場するお姫様のような艶があった。
美しいという形容すらみすぼらしく感じるほど。
告白はしなかった。というかまともに話した記憶すらほとんどない。特にお近づきなることも無く、クラスは離れ、高校進学の時にはすっかり疎遠になっていた。
今思えばなんとも情けない初恋だった。
私の好きな曲の歌詞から言葉を借りるなら
「どうか来世では僕より情けない人でいて」
と願うくらいしか出来ないほど素敵な女性だった。
「明日世界が終わるなら」
明日世界が終わるなら、
なにを食べる?誰と会って何をする?
そんな質問にすぐ答えることが出来なかった。
こんな質問が飛び交う状況なんて世界の終わりとはかけ離れているだろう。
「世界が終わる」という事象にリアリティがないからだと思う。そもそもどうやって終わるのか。隕石が衝突するのか、宇宙人が攻めてくるのか、はたまたビッグバンのように大爆発するのか。
「世界」と「人生」と置き換えても同じだろう。
この質問に対する答えを用意する必要性を少なくとも今は感じない。
何故なら逆説的に世界の終わり(死ぬこと)を肯定し、今を諦めてしまうような気がしている。ふとした瞬間の行動、思考が鈍り、可能性が狭まってしまう。
きっと世界の終わりなんて感じる事も出来ないくらい刹那の出来事だ。