太陽のような
昨日は2月だというのに
全然寒くなくて
ポカポカと暖かく春の陽気
久しぶりに娘とうきうきと散歩した
お日様って本当に偉大
日の光があるだけで温度が全然違うし
草花や虫や動物なんかも
何だか嬉しそうに見える
他でもない私も晴れた空が大好き
何よりもこうやって娘と外で遊べる
娘は飛んでいる鳥を指さして
ひらひら舞う蝶々を追いかけて
小さな川を流れる葉っぱを珍しそうに眺めて
楽しそうにきゃっきゃっと笑った
月並みな言葉だけれど
その笑顔は太陽のようで
私の心を暖かくしてくれる
やはり太陽は偉大だ
同情
同情ってどういう意味だっけ、
とインターネットで検索してみたら
「他人の不幸や苦しみに対し、
その身になって哀れみや心配の気持ちを持つこと」
と出てきた。
何となく同情と聞くと悪い意味な感じがしたが、
この意味だけ見るとそんなに悪くは聞こえない。
その後、インターネットでは
同情と共感の違い、と出てきた
共感は相手の立場と同じ感情を体験し、
同じ立場で心から理解すること
それに対して同情は
相手を気の毒に思い、憐れむことだが、
自分の立場は同じでは無い。
私がテレビのニュースで
子供が亡くなる事件を見た時に抱く、
可哀想という感情は同情、ということになる。
私もそうだが、人は
共感は求めるが、
同情されることは嫌う傾向がある。
でもこの境って、ちょっと難しいよな、
そう思う時がある。
例えば、私は趣味で長年卓球をしているが、
長年している割には中々試合に勝てない。
それをすごく卓球の強い先輩に話すと、
分かる。試合に勝つのって中々難しいよね、と言われる。
そう言われても、何となく共感とは取れない。
相手はとても強くて上手で、
私はそこまで上手では無いから、
でもきっとは相手は同情して言っていない。
これはきっと受け取り側の取りよう。
その境を決めるのは両者の立場と、
言われた側の受け取り方なんだと思う。
彼氏がいる人、いない人、
結婚している人、そうではない人、
子供がいる人、いない人、
そういう立場の差が
共感を同情たらしめるんだろう。
人間の感情って、深くて複雑だなぁ
とそんな風に色々考えさせられるテーマだった。
枯葉
葉が赤や黄色に紅葉するのは、
やってくる冬の寒さを乗り越えるために、
葉が栄養を受け取るのをやめて、
木の幹に栄養を残しておくためなんだそう。
葉は自分たちを犠牲にすることで、
大元の木自身を守ろうとしている。
だから、枯葉はあんなに寂しい色をしているのか。
秋も暮れた頃に、娘と散歩をしていると
娘は落ちている葉っぱを嬉しそうに拾って、
私のところへ走ってきた。
木の上だと届かない葉っぱが、
手に届く範囲にあるのが、面白いのだろう。
枯葉は私にとっては寂しさを感じさせるものだけど、
娘にとってはわくわくとするものみたいだ。
10年後の私から届いた手紙
10年前の私へ
10年前のあなたは
どこまでも自由で、
時間の限り好きなことをして、
会いたい人に会って、友達と馬鹿やって、
青春を謳歌していたね
今の生活も悪くは無いのだけど、
あなたの今の煌めきはその時だけのもの
大切に心にしまっておいてね
これから先もかけがえのない宝物になるから
一方で、自分に自信がない一面もあって
それは今でもあるのだけれど、
誰かに愛されるなんて想像もできなかったね
彼氏や、結婚なんて縁遠いものだと思っていたよね
それに、すごく臆病で
子供を産むなんて夢のまた夢だと諦めていたよね
でも、今結婚して子供が産まれて、
今もう一人お腹に命が宿っているよ
安心して、あなたを愛してくれる人はいるし
歳を重ねると、少しずつ強くなっていけるよ
あなたが今心を痛めている悩みは、
今となっては頭の片隅に霞んでいるだけ
だから安心してあなたらしく生きていってね
今私は、その時には想像もしなかった
苦しみや悩みに襲われていて、
涙で枕を濡らす夜も少なくはないよ
10年後の私、今あなたは笑って生きていますか?
あなたからの手紙を待ち遠しく思います
今の私が過去の私に言ってあげられる
大丈夫という言葉を私にください
バレンタイン
バレンタインの季節
チョコレート売り場の
テンションの上がること上がること
私はチョコに埋もれたいくらい
チョコレートが大好き
売り場の色とりどりの
綺麗で可愛いチョコたちに
女性である私がときめいてしまう
バレンタインは
チョコレート会社の戦略
とよく聞くけれど
戦略だっていい
喜んで戦略に乗っかってやろうじゃないの
男性にあげるだけじゃもったいないや、と
自分へのご褒美もついつい買い物かごへ