NoName

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4/21/2023, 3:52:18 AM

【何もいらない】

私はずっと、何かが欲しかった。
それがそこにあるという実感だけで満ち足りる何かが。

気ままに綴れる言葉?
溢れ出る尊い感情?
胸踊るような歌声?
舌先の痺れる鋭い皮肉?
自由に使える時間やお金?
本当に心から話せる友?
よく理解し愛してくれる家族?

中には既にもっているような感じのものもあった。
でも何か物足りないような、
そんな心地がして仕方がなかった。
似たようなものを拾い上げては、違うと叫んで
放り投げて捨てていった。
背後でパリンと割れた音が聞こえても他人事だ。

ある日、またパリンと鳴った。
普段と変わらないはずの、無機質なはずの音は
そのとき何故か痛みを伴って耳に届いた。
振り向いてみると何かが割れていて、
遠くの方にはいろんなものが積み上がった山があった。
美しく青いその何かは粉々になって、
たくさんの目に私をうつしていた。
ふと顔を上げると、大小様々な美しい欠片たちが
同じようにじっとこちらを見ていた。

ふと私はそれを友の名で呼んだ。
あちらのは母、そちらのは父の名で呼んだ。
ガラス細工も、砂時計も、貯金箱も、
みんなみんな割れていたけど、
私は何かの名前でそれらを呼んだ。

痛いほど静かだった。
さびしい場所だった。
そんな光景の中にいるのに、何故だか満ちていた。
きっと私は、とうの昔に、もう。

悔しいなぁ、悔しいなぁ。
そう絞り出した私の声はカラスよりもずっと酷い
嗄れた声で、ぽたぽた泣きながら笑った。
もう満足だ、もうたくさんだ。
私一人で築き上げたなんて思えないガラスの山。
どうしようも無い私の、かけがえのない、
もう取り戻せない宝の山。
ごめんなさい。
ありがとう。
こんなことが贖罪になるなんて
自惚れたことは言わない。
それでも私は歩み寄り、腕を精一杯伸ばして
傷だらけになるのも厭わずにそれを抱きしめた。

「もう、――――――。」

ああどうか、これを「満ち足りる」と呼ぶのを
許してほしい。