1. 月夜
私のこれはおそらく、一般的な作文ではない。
それでも少しでも、自分で文章を構成する機会を得たいと思い、今、この文章を書いている。
昨今はAIの進歩のあまり、ある程度の資料やレポートの作成でさえ、AIに任せっきりな人がしばしばいる。私もその一人だ。ある程度の加筆・修正はすれど、AIの処理能力に頼ることは同年代の大半の大学生たちと何ら変わらないだろう。その程度なのだ。
ひとたび、AIに一切頼ることなく一人で一から調べるとなると、おそらく今の三倍程度の時間がかかるだろう。私の素の能力が単に低いという話ではなく、それだけAIが身近であり、文献に直接触れて、自分で解釈を広げるという機会が少なく、ゆえに処理作業がスムーズにできないという意味だ。
主観極まりなく、論理的でもなければ、タイトルにも沿っておらず、作文と呼べるほどの表現も用いていない前置きが随分と長い。これを見ている方はそんな気持ちだろうか、だとしたら申し訳ない。
繰り返すが、私は文章を構成したいだけなのである。
せっかくなので、「月夜」というタイトルに沿って言えば、最近は月や星が見えにくいと思う。
ここ最近の天気が悪く、湿度・温度とも高くなりつつあるからだろう。月も星も、寒さが一段と強く感じられた二月上旬頃の方が綺麗に見えていたはずだ。今はぼやけている。
それでも、街灯がなくとも月あかりだけで散歩できる程度なのだから、月光というのは素晴らしい。空気中で光が分散しようとも、雲で隠れない限りは変わらず道を照らしてくれている。
月夜の散歩というのは、今この季節には寒いが、どうにも心地がいい。顔にあたる冷たい風すら気持ちよく思える。
寂しさ募る孤独ではなく、ただ一人でカフェでゆっくりしているあの時の感覚に近い。暗い田舎道であっても、月あかりがある。満足したらいつでも帰れるのだ。