「あのさ、俺達付き合ったんだし、そろそろ、お互いに下の名前で呼ばない?」
君の名前をはじめて呼んだ日、私は幸せでいっぱいだった。
「ママ、今日の夕食は何?」
君も私も名前を呼ばなくなった頃、私は小さな命を守るので精一杯だった。
「おい、飯」
君が私を呼ばなくなった日、私は離婚を決めた。
止まない雨はないっていうけど、今降ってる雨が苦しいんだよね。わかってる。びしょ濡れになっているあなたに今すぐにでも傘を差し出してあげたい。
けど私はあいにく、自分が濡れるリスクを負ってまで傘に入れてあげられるほど優しい人間じゃない。自分に降ってる雨を凌ぐだけで精一杯。
だから私はこう言いたい。
「折りたたみ傘ならありますけど…」
それがお互いにとってベスト。
私は余裕のある人になりたい。人が困っている時、折りたたみ傘を差し出せるような人間になりたいからだ。あなたを苦しめる騒がしい雨音が優しい音に変わりますように…。そんな願いを込めて。
…いや、私はそんな高尚な人間じゃない。きっとただ、あなたに嫌われたくないだけなんだ。それでいて自分のことが1番可愛い卑しい人間だ。
迷わず自分の傘に入れてあげようとするあの子を見て、そう思う。
私はとても歌うことが好きだった。
小学生の頃は掃除中だろうがなんだろうが気付いたら歌っていた。だからなのか歌は上手かった。周りからはプロ並みに歌がうまいと言われた。中学生の頃には合唱でソロを務めた。とても気分が良かった。
だがある時声変わりした。あの自慢の高音は出なくなった。
高校生になると「家でなりふり構わず歌ったら近所迷惑になる」と分別がつくようになり、あまり歌わなくなった。
大人になって仕事帰りにカラオケへ行った。小学生の頃余裕で歌えていた曲がかなり下手になっていた。
学生時代の級友とカラオケに行くと、私を「歌の上手い子」と認識していてその期待が正直苦しい。
いつからだろう、ただただ好きで無邪気に歌っていたのが、他人の評価を気にしながら歌うようになったのは。
あんなに歌好きだったのにな。