「俺たち、もう別れよう。」
まだ裸のままの私に、彼は服をかけなかった。
"どうして?"そう聞くまでもなかった。
もう彼は私を抱こうとしなかったから。
ベッドが軋む。
「ホテル代は俺が払う。シャワーを浴びたらもう帰れ」
「…ええ」
そう言いつつ、私は自分の下着に手をかけた
「?シャワーは浴びないのか?」
「シャワーを浴びるより先に、貴方と離れたいの」
「…」
彼は沈黙した。
私は、服を着ると早々にホテルの玄関から出た。
彼が私を引き止めることは無かった。
1年後__
「お誕生日おめでとう。」
そう祝ってくれたのは、私の彼氏だった。
あれから1年。私はまた新しい彼氏ができた。
「ありがとう。でも、こんなレストランのビュッフェ高かったんじゃないの?」
「はは笑麗華さんは本当に大人だね。金額なんか気にしなくていいんだ。今日は麗華さんの誕生日だからね」
「あら、そう?じゃあお言葉に甘えて、今日は沢山食べちゃおうかしら」
私は生まれつきモテた。
肌も白く長身で、髪は黒髪ストレートだった。
韓国アイドルのスカウトも何度か受けたこともあるけれど全て断った。
当時の私には、アイドルなんかよりもっと大切なものがあった。
それは、1年前に付き合っていた彼氏だった。
私は、追うより追われるタイプだったし、昔から高嶺の花だと周りには言われていてあまり友人が居なかった。
それもあってか私の周りにはいつも男がいた。
必要ともしていないプレゼントや、高級フレンチ、沢山のアクセサリーや車。
これら全てを私はいつも周りの男に貰ってきた。
けど、1年前に付き合っていた彼はそうじゃなかった。
私がいくらデートに誘っても月に1度しかデートはしてくれないし、毎回フレンチじゃなくてラブホテルに連れていかれるだけだった。
彼は、私の体を気に入っていた。
私を抱いた後、毎回彼は私に言った。
「麗華は本当に美人だ。俺は麗華とベッドにいる時間が一番好きだよ。」
彼のこの台詞は、私の心に傷をつけた。
彼が好きなのは私ではなく私の体。
そう分かっているのに、彼の魅力にどうしても惹かれてしまう。
そしてあの日。別れを告げられた日。
どうせいつかはああなると思っていた。
いつものホテル、いつもの時間に私は彼に振られた。
初めて振られた感覚は、私を追うようにまだ残っている。
あの日から私は彼の顔を一度もみていない。
彼の声も、彼からの甘い言葉も、彼の匂いも。
私が最後に見たのは、彼の冷たい私への目線だけ。
もう一度、もう一度だけでも彼に会えたら…!
彼からまたベッドの上で「好きだ」と言ってもらえるかもしれない、
あと一度だけでいいから…!
1回でいいから…
『麗華さん。』
「あの!麗華さん?」
「っ…ああ、ごめんなさいね。少し考え事を…」
「いえ、大丈夫です。
麗華さんでもそんなに深く悩むことがあるんですね」
「あら、どういう意味かしら。」
「あいや、その!悪い意味では…」
「…ふふ、分かっているわ。
少し過去のことを思い出してしまってね。」
「なるほど…?」
「……もう今日は帰りましょうか」
「えっ!?いや、でもまだ…!」
「いいの。もう十分よ。ありがとう」
「いや、麗華さん、まって…」
「お金は私が支払っておくわ。楽しかったわ。」
「まって!麗華さん…!」
帰路___
「だめね、私。」
彼のことが頭から離れない。
もし、この世にタイムマシンなんてものが存在するなら、もう一度彼の声を聞きたい。
彼に、逢いたい。
〈……麗華?〉
「…え、、?」
もしかしたら、タイムマシンがなくても運命の人には出逢えるのかもしれない。
朝日の温もりより、人の温もりを感じたい人生だった。
透き通るような白い肌。
長くて艶のある黒髪。
二重でぱっちりした目。
小さくて高い鼻。
少し赤みのある頬と唇。
綺麗なフェイスラインの輪郭。
長くてスラッとした手足。
細くて綺麗な指。
本当に完璧だった。
「城崎華蓮です。1年間よろしくお願いします。」
前に出てきたとき、誰もが注目した。
透き通るような堂々とした声の自己紹介は、誰よりも印象に残った。
「隣の席だね。これからよろしくね」
私の目を見てハッキリと言った。
「よろしく、」
震えた声で返事をした。
〈次、早く前に出なさい。〉
私の番だった。
「立花杏奈です。1年間よろしくお願いします。」
私は、いわゆるギャルだった。
ギャルというか不良というか。とりあえず、あまり皆に好かれるようなタイプではなかった。
授業態度は最悪で、見た目も奇抜で派手で、性格も周りと少し違かった。
だから私はいつも孤立していた。
「杏奈ちゃんって言うんだね、可愛い名前。」
私が席に着いたとき、城崎さんがそう言った。
「あー、うん、そう。あんまり好きな名前じゃないけどね」
「え!そうなの?こんなに可愛い名前なのに」
私が私の名前が好きじゃないのは、酒カスのくそ親からつけられた名前だからだ。
「んー、まあ私の話は置いといて、城崎さんも名前かわいいよね。綺麗だし。」
「そうかな。でもありがとう」
素直にお礼を言う彼女に、どこか惹かれるところがあった。
「なんて呼んだらいい?」
「華蓮で大丈夫だよ。私はなんて呼んだらいいかな?」
「普通に呼び捨てで大丈夫。まあ、好きに呼んでくれていいけど」
「分かった!じゃあ杏奈、これからよろしくね」
「うん、こちらこそ華蓮。」
正直、すぐに離れるだろうと思った。
私に近づく人は、皆そうだったからだ。
私といるとチャラいと思われるとか、私が浮いてるように感じるから嫌だとか、そんな理由だった。
〈まず初めに、皆と話す時間をとります。
初めましてで緊張しているのは皆同じです。この50分間の間で、男女関係なく色んな子と仲良くなりましょう。〉
先生からの合図が出たあと、一気に皆が動き始めた。
「(皆もう話せてる、、)」
まだ席に座っている生徒は、私と、あまり目立つタイプではなさそうな生徒だけだった。
「(まあ、いつものこと。焦っても意味ない。)」
そう思って教室から出ようとした時。
「あの、」
「……はい?」
「もう少し、杏奈と話してみたい」
そこに居たのは、華蓮だった。
華蓮のその言葉に、一瞬揺らぎそうになったが彼女のすぐ後ろには何人もの女子生徒がこちらを見ていた。
きっと、彼女、華蓮と仲良くしたいと思って私と話し終わるのを待っているのだろう。
「…ごめん。私行かなきゃいけない場所があるから」
「そうなんだ、、分かった。じゃあまた後で。」
そう言ってくれた彼女の顔を見ることなく、私は教室から出た。
「んー、やっぱサボるには屋上が1番。」
正直、クラスメイトとは仲良くする気はないし、孤立するのには慣れていた。
「華蓮って子、あんな綺麗なのになんで私なんかに話しかけてくれるんだろ。」
彼女とはかけ離れている私という存在に、なんだか嫌気がさした。
「はあ……」
「ここに居たんだ。」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「華蓮…!」
「ふふ、来ちゃった笑」
そう言いながら、綺麗な髪を耳にかけた。
「なんで華蓮がここに?」
「行かなきゃいけない場所っていうから、どこだろうと思って気になってついてきちゃったの。
途中で迷子になっちゃったんだけど、まさか屋上に居たなんて笑」
「そうだったんだ、、でも、大丈夫なの?」
「何が?」
「だって、華蓮と話したがってた子達にも迷惑かけちゃったんじゃないの?それに男子も絶対華蓮のこと気になってると思うけど。。」
「そんなことないと思うよ。笑実際、私より皆他の子に夢中で私なんか見てもなかったし。」
「そうなのかな、」
「そうだよ。だから、今は私と話そ?」
「んー、、分かった。」
華蓮と話している時間はあっという間で、そろそろ教室に戻らないといけない時間になった。
「じゃあそろそろ戻ろっか。」
私がそう言いながら後ろを振り向くと、そこには
「…あれ?」
誰も居なかった。
誰も居ないどころか、さっきまで人が居た気配すら感じることが出来なかった。
「へ、、?なんで…?どういうこと??」
私の理解が追いつかないまま、時間は過ぎていった。
キーンコーンカーンコーン___
1時間目が終了した。
静かな屋上に響き渡るチャイム。
「なんで、、」
ガチャッ!__
〈ちょっと!立花さん!何をしているの!!〉
「わっ…びっくりした、先生…」
〈あなた、さっきの時間からずーーっと1人でここに居たの!?サボったらダメでしょ!!〉
「いや、その…1人ではなくて、」
〈なによ、まだ他に誰かいるの?〉
「あの…城崎華蓮さんと二人で……」
〈……それ、他のクラスの生徒かしら?〉
「えっ…?いや、同じクラスですよ!」
〈同じクラスって…私のクラスにはそんな生徒、居なかったはずよ。〉
「…え?」
〈あなた、ひとりで怒られるのが嫌だからって架空の生徒の名前を言ったのね?〉
「いや!本当に違いますよ!!さっきまで本当に二人で話していて、、でもついさっき、後ろを振り向いたら急に彼女がいなくなっていて。。」
〈そんな嘘をついても無駄…〉
「うそなんかじゃないんです!!本当なんです信じてください!!!」
〈うっ……わ、わかったから落ちついて。本当なのね…?〉
「はい、、」
〈本当だとしたらそれは、つまり…〉
「ちょ、ちょっとやめてください!!私はさっきまで本当に普通に話してたんです!」
「そ、それに!自己紹介の時も居たじゃないですか!!見た目が綺麗で透き通った声が印象的な…」
〈そんな生徒、居なかったはずよ…?〉
「うそ、、どうして……」
「ハッ…待って、だからあの時…」
《次、早く前に出なさい。》
「私が前に出るのを急かしたのね。華蓮が自己紹介してからまだ全然時間が経っていなかったのに、どうしてそんな早く注意したのか疑問だった。それに……」
『彼女のすぐ後ろには何人もの女子生徒がこちらを見ていた。』
「あれは、華蓮と仲良くしたいからなんかじゃない。私が皆には見えていない存在と話していたからこっちを見てたってこと…?」
「いや、そんなはず……」
〈もしあなたが言っていることが本当なら、あなたにしか見えていなかった透明の存在ということね。〉
「……」
〈…まだそんなすぐに立ち直れることじゃないかもしれないけれど、あまり思い詰めすぎては駄目よ。
先生は先に戻っているわね。〉
「、、わかりました…」
先生が居なくなった後は、風の音しか聞こえない静かな屋上しか残されていなかった。
「華蓮が居ないなんて…」
仲良くなんかなれないと思っていた存在だったけれど、彼女と話した50分は空白なんかじゃないと思いたかった。
「…また、もし会えたらこの屋上でもう1回だけでいいから一緒に爆笑したい。」
届くはずもない言葉を、声に出した。
屋上から教室に戻るまでの道のりは、あまり記憶にない。
今、あれから3年が経った。
まだ、彼女には会えていない。
けどまたいつか会えることを信じて、透明な彼女を待ってみようと思う。
"透明"
子供のままで良かった。
ジリジリッジリジリッ___
「〜…」
朝から静かな部屋に響き渡る、鬱陶しいアラームの音。
「…はあ。」
スマホのアラームを止めて、ため息から始まった1日は、ジメジメとした空気に包まれた雨だった。
「…」
朝起きてすぐスマホを確認した。
通知は1件も来ていない。
パッとスマホに表示されている時刻に目をやると、出勤時間に近づいていた。
まだぼやけている目を擦りながら重い腰を起こす。
「うっ、、」
昨日上司と呑みに付き合わされたせいか、お酒が頭に残っている。おかげで頭が電気が走ったように痛い。
狭く短い廊下を裸足で歩き、洗面台へ向かう。
「……あぁ、、、はあーー。。」
昨日帰ってきてそのままにしていたコンタクトと、もう何年も元の場所に戻していない散らかったプチプラのコスメたちを見ながらまたため息をつく。
特に好きな人もいるわけじゃない、誰かに見てほしいわけでもないのに自分の顔面にデコレーションをする。
誰の為でもないのに。
「はあ…なんかニキビできてるし…てか鏡汚。」
掃除している余裕なんて今はない、そんなの言い訳だった。
シミとそばかすだらけの疲れきった顔は、昔のピチピチの肌とはかけ離れていた。
「なんで誰のためでもないのにメイクなんかしてんだろ。私って馬鹿すぎ」
そんなことを言ってる間に顔面は仕上がっていた。
鏡を見ても、特に感想なんて湧かない。
強いて言うなら「頑張ったな」くらいだ。
「髪…今日は雨降ってるし最悪すぎ。髪はうねるし崩れるし。もうまとめるだけでいっか。」
適当なお団子をして、いつ買ったかも分からないヘアピンで髪をまとめる。
「服は、、まあ一昨日着たやつでいっか。どうせ私のことなんて誰も見てないだろうし。バレないでしょ」
「まあ…バレたところでなんだけど。笑」
特に魅力も感じない服を着て、あとは…
「あーー、、」
溜まりに溜まりまくった洗濯物に、見て見ぬふりをする。
「朝ごはんなんて食べる余裕ないし、今日は抜きでいっか。」
汚れまくったビニール傘を開いて雨の中駅まで歩く。
「やば、電車もう来るじゃん!!」
急ぎ足で駅のホームに向かう。
「はあ、はあ……間に合った、、」
ギリギリドアが閉まるタイミングで電車に乗った私は、スマホで時刻を確認する。
「まだ大丈夫そうか。。電車の出発が遅れるとこっちも遅れるからなー。。」
ガタンゴトン、ガタンゴトン____
「っ…」
〈…わっ……あ、すみません。押してしまって。〉
「あ、い、いえいえ……」
満員電車に揺られながら、知らない誰かの傘が足に当たる。
「(はあ……ほんっと勘弁。)」
やっと満員電車から降りたと思えば、次から次へと人混みに流されそうになる。
力つよく鞄を握り、改札を通る。
「やばいやばいっ、遅れるかもっ…!!」
ヒールを履きながら全力で走った甲斐があったのか、会社には5分前に到着した。
〈おー、今日も齋藤さんは汗だくだねー笑〉
「(くっそ、、こいつわざわざそんなこと言いに来たのかよデリカシーねーな。つーか男のお前には分かんねーだろ!!こっちはヒールでダッシュしてんだよヒールで!!!)」
〈ていうか、齋藤さん15分前行動くらい守った方がいいよ〜?笑社会人としてそんくらい常識じゃない?笑〉
「(黙れ新人!!!お前にとやかく言われる筋合いはねえんだよ。こちとら新人のお前よりも低い時給とボーナスでなんとか生活してんだよ。口出ししてくんな!!)」
「ま、まあそうだよね。気をつけるよ(笑)」
2時間後____
〈齋藤くんさこの前言った資料、もうできてる?〉
「あー…すみません部長、もう少しだけお時間頂いてもよろしいでしょうか?」
〈はあ……いや、まあ別にいいんだけどね。君には信頼を置いているんだ。あまり期待の裏切るようなことはしないでくれたまえよ。〉
「はい!部長!明日までには完成させれるよう、頑張ります!」
「(うっぜーーーー。第一この資料まだあと1週間も期限あるじゃねえかよ。こっちは他にもやらないといけないことあるんだよ。てかお前が勝手に期待してきてるだけでこっちはお前に1mmも期待してねーけどな!!!)」
勤務終了後____
「(ふう…今日はやることも終えたし久々に残業無し!会社の飲み会もこの間やったばっかりだからないし…家帰ったら速攻お酒飲んで映画見て寝よーっと)」
〈ねえ齋藤さん、〉
「…?あー田中さん。どうしたんですか?」
〈知ってる?同じ部署の櫻井さん、あの人部長と関係持ってるんですって!!〉
「え?部長って奥様いらっしゃるんじゃ…」
〈奥様どころかまだ小さなお子さんも居るのよ!?なのにあの部長ってば…それに、櫻井さんも凄いわよね。あんな皆に嫌われてる部長に手を出すなんて…笑それに、私前から思っていたのよ。なんだか櫻井さんって……〉
「(はあ…長々と愚痴言ってくんな本当。笑まあ女同士これは避けれないけど、今日くらい帰らせてくれ…)」
〈あら、ごめんなさいこんなに長々と。笑それじゃ、また明日ね。齋藤さん。〉
「えっ?あぁ、はい!また明日。仕事頑張りましょうね!」
帰宅後____
「あぁぁぁ…………疲れた、、、」
正直今にも瞼がとじそうなほど眠たいけど、化粧は落とさなきゃダメだしお風呂にも入らなきゃならない。
服だってまだ着替えてないし。
「今日は久々に定時で帰れたのに…1人で飲むわけでもないし、映画ももういいや。。」
「…子供の頃は、こんな悩み無かったのにな。」
なんて、ソファに寝転びながら重い瞼がとじていく。
明日もまた、同じような日々が送られることを感じながら__
"子供のままで"
君へのメッセージが今日も風に乗る。
「紙飛行機って。笑古いなあ。」
きっと明日もまた、紙飛行機が風に乗る。