#キンモクセイ
ふっと、鼻をかすめた匂い…
辺りを見回してみるが、視界にはそれらしいものが
一切見当たらない。
目的地に急ぐ足は、自ずと速くなり、
増える、口呼吸……
建物に入るその瞬間、視界の端にちらりと映った
オレンジ
#そして、
誰もいなくなった。
#コーヒーが冷めないうちに
本妻 「冷めないうちに、どうぞ」
(早く帰れ)
愛人 「私、猫舌なんです」
(あの人が帰るまで、帰るか)
#パラレルワールド
雨予報は、なかった。
『帰るまでに止んで良かったね』
放課後の下駄箱、雑談によりガヤガヤする会話に
心の中で同意する。
いつも入れていた、折りたたみ傘をどこかに
忘れてしまったらしく、雨を見ながら頭を抱えて
いたところだった。
ざわめきから離れるいつもの帰り道
ふと、凪いだ水溜りを何気なしに覗くと
『あちら』も『こちら』を覗いていた。
そして、悪びれもなく鞄から出した
折りたたみ傘をこちらに落とした。
端から見たら逆再生のように見えたことだろう。
あちら側の自分はもう居ない。
そして、水溜りを踏んでも靴が濡れただけだった。
#靴紐
ヒックッ……、フッ……、グズグズ…
『どうしたの?』
「靴紐がなくて、スンッ……、歩けない」
『紐はなくても、歩けるよ?』
「でも、でも…、みんなと違うッ」
『違っても、大丈夫だよ?』
「……歩くのが遅くなるもん」
『自分のペースで大丈夫!!』
「置いていかれたら不安になる。……怖いんだ」
『う〜ん…、ずっとは無理だけど、ちょっとなら』
「一緒に歩いてくれる?」
『いいよ、ちょっとね』
「……ちょっとなの?」
『うん。私も、キミも進む道が違うからね』
「ついて行ったらダメなの?」
『無理してついてきたら、置いて行かれるから』
「ひとりは嫌だよ」
『ひとりじゃないよ。周りを見て』
休んでる人、紐を結び直してる人、まだ後ろにいる人
ずーっと先を歩いてる人、そして、隣りにいる人。
『ゆっくりでも、ちゃんと歩いてる自分を褒めてね』
「……うん」