杏奈

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3/28/2024, 10:20:43 AM

見つめられると

3/3/2024, 5:26:58 PM

ひなまつり

2/26/2024, 11:09:48 AM

小学校の頃いつも一緒にクラスで話していた友達。
中学校の頃いつも一緒にクラスで話して遊んでいた友達、塾で当たり前のように、2日に1回は会っていた友達。
そして今、高校で、毎日連絡をとって、休みの日にも沢山遊ぶ友達。

小学校、中学校の友達も、近くにいる頃は近くにいるのが当たり前の存在だったのに、今となっては、「君は今何してる?」といちいち気になる存在では無くなった。(その時も、いちいち気にしては無かったか。)ただ、私と昔の友達、それぞれの日常の中で、また交わるところがあれば面白いだろうなぁとは思うが、遠くなっても執着はしていない。

今の高校の友達も、いずれそういう風になりたい。近過ぎるが故に、知らないその子がでてきた時に戸惑うのでは無くて、知らないプライベートゾーンがあることを、当たり前だと思える存在になりたい。

遠さは寂しさを産む。しかし、近さは執着を産む。
「君は今何してる?」なんて毎日が気になってしまうほど夢中になれる人が居ること自体は嬉しい事のようだが、執着になってしまうと良くないので、私はここから抜け出したい。

一緒にいるのなんて、その時の日常なんて、その時の好きなんて。

環境が産んだ関係性やその時の当たり前なんて沢山ある。というか、日常なんて、基本それしか無いのではないだろうか?


知らないその子が居るのが当たり前で、だけれど私といる時のその子も当たり前のようにあって、毎日「君は今何してる?」と気になるのでは無くて、たまに会えた時や1週間に1回くらい、「最近はどんな感じ〜?」って繋がれるような、『繋がっている時間も繋がっていない時間も当たり前』な存在が沢山いるような、そんな風な人生にこれからなりたい。

そして、これから始まる大学生活も、そういう距離感の友達が沢山できる日常になるといいな。


「君は今」



2/26/2024, 3:16:31 AM

「物憂げな空」

2/21/2024, 10:19:04 AM

0からの。
0から始める人間関係、ちょっとずつ関係値の数字が大きくなっていく。表面から入って、楽しいとこだけすくって、とても楽しくて。でももっと知りたくて、関係値が100以上になる。100以上になると依存になる。少し苦しくなる。特別になる。揉める事もある。良い感情だけの関係性では無くなってしまった。楽しいの最高潮、エモーショナル、雰囲気、とかの思い出も相俟っている頃の、楽しいだけの幸せだけの関係値でいた方が良かったのだろうか。いっそ0に戻したくなる。

それでも、たしかに楽しかった記憶はそこにあって、乗り越えなければいけなかった嫌な事もあって、本当に深い絆になれた。0から始まって関係値が出来たことって、言葉に出来ないくらい嬉しいから、私はこの関係性を、100パーセント嬉しいことだと思いたい。自分の解釈違いの相手の事も、受け止められるようになりたい。








0からだからこそ、色がつく。
個性が無いなんて言う人がいるが、個性は確実にある。貴方が見たり聞いたりして影響を受けて今の貴方が居ること。それだけで立派な個性だ。そのままの自分を「個性」と受け止めてそれだけで満足してしまうのは怠惰なのかもしれないが、私は自分なりのこの色の事をとても嬉しく思う。
0から始まって、自分で自分の好き嫌いがある。性格がある。0から始まって、「自分」という1人の人間が形成された!それが何故か嬉しいと思う。自分がある事が嬉しい。0から始まって、自分にしか生み出せない何か(創作物でも交友関係でも、その時の空間でも)があるだけで、なんだか凄い奇跡だと思う。



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