みかん

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2/13/2023, 12:58:55 PM

「待ってて」


「ちょっと待ってて」
彼はいつも忘れ物をする。
やれやれ、と腰に手を置き、私は靴を脱ぎ捨て廊下を駆けていく彼を見送る。
しばらくして、どたどた、と音がして彼が玄関まで帰ってくる。
「Suica。忘れてた」
「ちゃんと確認しなよー」
何故か子どものようなきらきらした笑顔の彼に私は呆れる。
この間は家の鍵、その前は帽子、その前は財布、その前は車の鍵-何故そんなにも忘れ物をするのか不思議でならない。用意をするときに荷物を一つ一つ確認すればいい話なのに。

ある日のことだった。
「ちょっと待ってて」
またか、と思いつつ、まあいつものことだしな、などと考えていた。
彼がポケットに手を突っ込み、家の鍵を探していると、どこかでパリンと音が聞こえた気がした。
「ねえ」
「何」
「何か割れた音しなかった?」
「んーしたかも。まあ、誰かがコップでも割ったんじゃない?」
確かに、ここはアパートだ。しかも壁が薄い。誰かが何かの拍子にコップを床に落として割った。十分にありえる。しかし、何だか嫌な予感がした。
「すぐ戻るから」
玄関の鍵を開け、また中に入る。
彼がリビングに消えていってしばらくした頃。
「誰だ!?」
彼の声だ。
そして、何やらリビングが荒らされているような音と共に、「いいから落ち着けよ」「うるせえ!」などと声が聞こえてきた。
誰かいるのか?
確かに彼の声とは違う、聞き慣れない声がした。男の声だ。
一応警察に電話しておいた方がいいか。そう思い、スマートフォンを操作し、電話をかける。
その間も、彼と知らない男が喋っている。
「俺はなあ!全部リセットするんだよ!全部リセットしてやり直すんだよ!」
「こんなところに大金なんかねえって。真面目に働けよ」
「うるせえ!どうせお前借金背負ったことないんだろ!どうせこの苦しみも分かんねえんだろ!」
「取り敢えずそれ置けって」
「不味い飯しか食えねえのはまだいい方だ!ヤクザみてえな奴らがよお!金取り立てに来るんだよ!玄関ドンドンドンって叩いてよお!怖えんだよ!おまけに毎日毎日電話もかかってくるし!もうこんな生活嫌なんだよ!」
「分かった!分かったから!」
電話を切ろうとしたそのとき、叫び声が聞こえた。しばらくして、窓が勢いよく開く音と、急いで立ち去る足音がした。
恐る恐る彼の名前を呼んだ。何も聞こえない。スマートフォンと荷物を放り出す。
家に上がると彼はリビングにいた。血溜まりに横になっている。脇には包丁が転がっていた。

ただの空き巣狙いだったが住人がいて驚き、たまたま見つけた包丁で刺してしまった、そんなところだと警察は言っていた。
何でよりによってうちに?朝にりんごなんて剥かなければ良かった。包丁をしまっておけば良かった。とっくに乾いていたのに帰ってからでいいやとそのままにしたから。警察を呼んでないで彼の元へ行けば良かった。そうすれば彼を守れたかもしれないのに。悔しくて悲しくて涙が止まらなかった。

「ちょっと待ってて」

何十回と聞いた言葉も、もう聞けないのかもしれない。そう思うと余計に胸が苦しくなるのだった。



数日後、彼の意識が戻った。
腹部を刺されていたが命に別条はないとのことだ。
「本当に良かった」
彼の手を握る。
「人間、そんな簡単に死なないから」
力なく、だが温かく笑った。

退院し、ようやく彼が出掛けられるようになったので、2人で博物館に行くことにした。
「今度こそ大丈夫ね?」
「多分」彼が自信なさげに答える。
「多分じゃ困る」
「大丈夫」
アパートの階段を降り、道に出る。
日差しが眩しい。帽子を深く被り直す。
「こんなに晴れてるのに午後から降るなんてね」
「嘘」
「言ったじゃん」
「えっと」
「何」
「その」
「もしかして」

「ちょっと待ってて」

2/12/2023, 11:48:22 AM

「伝えたい」

あなたに伝えたいことがある。
たった2文字のその言葉。
でもそれを言ったらどうなるか。
未来は誰にも分からない。
分からないから挑戦する?
それはとても勇気のいること。

幸せは歩いてこない
だから歩いて行くんだよ

その足で歩いて幸せを掴むんだ。
待ってるだけの人生は嫌だ。

白い封筒を差し出す。
「これ、受け取って」