10/13 2.子供のように
昔から、人様に迷惑をかけないように生きてきた。
小さかった時の記憶はあまりないが、子どもらしくない子供時代を送ってきた気がする。我儘なんて言わない子だった。両親は仕事で不在、手のかかる下の兄弟達とお留守番。私は1人の子供ではなく”長女“だった。
そうして出来た昔の私が今の私の袖を引く。
暗い暗い方へと私を連れていく。
それは暗闇の中でかくれんぼをしているかのようであった。暗いのだから到底相手のことなど見える訳もなく、一瞬の後に彼女は私のそばへとやってくる。
みいつけた。そして無邪気に笑いながら去っていく。
「──もう、いいかい」
遊び疲れた私は、誰にともなく呟いた。
屋上。冷たい風が吹く。眼下に広がる街の灯り。
いつやってくるかわからない不安に苛まれる人生ならば、いっそのこと早くに諦めた方が幸せなのかな。
そうして決断を渋っていると、不意に屋上への入り口のドアが開いた。
「ちょっ……何してるんですか!」
気がついた時には抱き留められていた。
放心状態の私を置いて世界がどんどん進む。
「なんで……いや、大丈夫か……じゃなくて、何かあったんですか……っていうか」
こんな時に人に掛けるべき言葉を知っている人はそう多くないだろう。彼もまたその1人だった。
「詳しい事情は省くけど、今はとりあえず未来の約束作りましょ。何かして欲しいこととかあります?」
──何も、ない。して欲しい事なんて何もない、はず。
でも今は、今だけは、勝手に身体が動いていた。
「抱きしめて」
ぽつりと、子供のような願いを口にした。
彼は一瞬驚いたような表情を見せるが、すぐに笑って応じてくれた。
あたたかい腕が私を包む。その瞬間、私は幼かった頃の自分が許されたような気がした。ずっと1人でしていたかくれんぼで、自分以外の人に初めて見つけてもらえた、そんな気がした。
私は溢れ出る涙を抑えきれなかった。ひたすら、ひたすら泣きじゃくった。泣き疲れて眠るまで、優しい腕の中で、子供のように泣きじゃくった。
10/13 1.放課後
放課後の廊下はどこまでも長い。
燃える赤色が山の端へと逃げ帰り、廊下が一直線に赤く染まる。「眩しいね」と薄暗い教室で君と話す時間。
「大学、どこにするの?」
「今んとこは関東圏で考えてるけど──。」
夕焼けに背を向けて、玄関まで、長い廊下を2人で並んで歩く。青春はあまりに短いと嘆き、近所の犬が可愛い話をし、卒業したら一緒に映画を見ようと約束する。なんてことない、いつもの放課後だ。放課後恒例の馬鹿話が進路や真面目な話に変わってしまったのはいつだったろう。くだらない事で大口を開けて笑ったのは、いつまでだったろう。
「じゃ、私こっちだから。お互い頑張ろうね」
気付いたら玄関に着いている。手を振って、私達は別々の道へと歩き出す。
大人になるまでの道はずっと長かったはずなのに、気付いたら目の前に玄関があるのだ。残り時間の少なくなった高校生達の放課後。
日はとうに沈んでいた。