お母さんが
ぼくの額に手を当てた。
お母さんの手は
いつも温ったかいのに
今日はひんやりして気持ちいい。
「けんちゃん すごい熱」
お母さんが慌ててる。
何か言ってるけど
ぼーっとして聞こえない。
ゲームも片付けられて
お菓子もだめだって。
ぼくはつまんなくて
お布団の中で泣いた。
「けん、風邪引いたのか
大丈夫 お薬飲んで眠ったら
明日には遊べるさ」
お父さんが言った。
「お父さんの小さい頃は
風邪を引いたら
おしりに注射ばっかりされたぞ
おかげでおしりが凹んでるぞ」
お父さんがガハハと笑った。
お母さんは変な顔をしたけど、
ぼくも笑った。
薬も飲んだ。注射はしない。
明日は何して遊ぼうかな。
#308
子供の頃
フェンスの向こうに
アメリカがあった。
青々とした芝生の上に
白い家がポツン。
そのまた向こうに
ポツンと建っている。
手入れの行き届いた庭には
子供のための大きな遊具が
必ずあった。
隣近所がひしめき合う
喧騒な環境で育った私にとって
そこは
踏み込むことのできない
贅沢な空間であった。
クリスマス近くなると
白い家の窓からは
クリスマスツリーに飾られた
イルミネーションの灯りが
漏れていた。
そのまた向こうの窓からも。
灯りで推測できるのは
家族で過ごす贅沢で静かな
クリスマス。
フェンス越しに見えるその風景に
憧れたものだった。
今でこそ街並みには
イルミネーションの輝きに
満ちているが
フェンスの向こうにあった灯りの方が
手の届かない綺麗さがあった。
今はもうない
遠いクリスマスの思い出。
#302
植物は正直だ。
たくさんの愛を注いだら
期待に応えて花を咲かせてくれる。
実もつけてくれる。
水やりは適量か
暑くないか
寒くないか
害虫はいないか
おはよう
きれいだよ
ありがとう
いつも私は植物と会話をする。
#291
「おいで」
私が両手を広げると
一直線に私の胸に飛び込んでくる。
子供はかわいい。
心と心が繋がるこの瞬間が
私は大好きだ。
生きている。
純粋なまなこを見てそう思う。
命を預かる責任の大きさに
身震いする。
尊い仕事をしていると
私は思う。
#284
私は何でもないフリをするのが
下手くそだ。
窓口でお客さんに理不尽なことを
言われてはへこむ。
何よ こんなの日常茶飯事よ。
気にしない。
って言って平静を装っているが
動揺してる。
家で落ち込むことがあったら
家族にばれる。
「どうしたの?何かあった?」
聞こえないフリをして家事をするが、
顔は語っている。
私は何でもないフリができない。
正直者だから。
それを長所だと思うことにする。
#277