君と一緒に
「こんなところで見られるなんて、奇跡みたいね」
いつもと違うデートにしない? 君から誘われるなんて本当に珍しい。
二人でのんびり過ごすのが好きなの。そう言ってどちらかの家で映画を見たりそれぞれに本を読んだりを提案されるのが常だった。
ずっと片思いをしてた君と付き合い始めてまだ3ヶ月。俺は君といられるならどこでも、何をしてても嬉しいんだ。だからサプライズを考えてる時でなければ君を尊重するに決まっていた。
秋も深まり、紅葉が美しい。都会の真ん中の公園の端の方、人通りの少ない静かな小径を並んで歩くだけ。大した会話もなくても、澄んだ穏やかな空気を一緒に感じるだけで幸せだった。
「実は行ったことないの。上まで登らない?」
白い指先が指したのは赤いタワー。そう言えば俺も、上の展望台までは行ったことがなかった。
近いように見えたのに、なかなか辿りつかない。
「意外と遠いね」
「思ったよりね。でももうすぐよ」
ぽつん。見上げた頬に雫が落ちた。
ぽつ、ぽつぽつぽつ…
あっという間に本降りになった。軒先までそれほどの距離ではなかったし、走ったからそれほど濡れずに済んだ。
「降るとは思わなかったわ」
「…どうする? 上まで上がってもあんまり見えないかも」
自動ドアをくぐりながら尋ねた。低層階は土産物店が立ち並ぶ。フードコートもある。ここだけでも十分、遊べると言えば遊べるのだ。彼女もそう思ったらしく、しばらくは服についた雫を払いながら目を彷徨わせた。
「…せっかくここまで来たし。きっと空き始めてるわ。二人で雨が降るのを見下ろすのもいいんじゃない? 神様みたいで」
そうして高速のエレベーターに乗ったのだ。
やはり雨が降ったことで下りのエレベーターは満杯、上りは空いていた。中継の大展望台でもまばらになりつつあった人混みは、小さなエレベーターに乗り換える時にはさらに減っていた。
展望台に着くなり、彼女は窓に張り付いた。
「高ーい! あ、雨、やみ始めたみたい!」
ぱらぱらと窓を打ちつけていた雨粒があたらなくなり、見通しの悪さが軽減していく。こんな高いところまで来て、下よりも上ばかり見ている。雲が徐々に高くなっていき、薄日も差し始めた時。
「見て! キレイ!」
雲の切れ目に一筋の陽光。彼女が示したその指先の向こうには、ビルとビルをつなぐ七色の橋があった。
「こんなところで見られるなんて、奇跡みたいね」
はしゃぐ君の笑顔に雨上がりの空が眩しい。こんな間近で君の笑顔を見ることができるようになるなんて、それこそが奇跡なんだよ。
冬晴れ
冴え冴えした空気を通ってほんの少し太陽の暖かさが肌に届く。ひんやりしているからこそより敏感に熱を感じ取って心までほんのり温まり、固く縮こまった身体を緩ませる。
ふわりと右手を取られ、手袋を通しても伝わる日差し以上の温もりに包まれる。…あったかい。
「ほんっといっつも冷たいンすね。手袋してんのに冷たいの分かります」
手袋もしてないのにいつも温かいその大きな手からどんどん熱が移って、手袋越しに冷え切った指先が温められていく。
直接その温もりに温められるのは、まだもう少し先のことだった。
初日の出
城での年越しパーティーを終え、姫始め後、初日の出を見るアサプラ。
「綺麗」
「…あなたの方が綺麗です」
どちらからともなく交わすキス。
首に回された細い手にビクッと体を震わすアサ。
「こんなに冷たいじゃないっすか!こんなとこいちゃダメです!」
すぐに横抱きに抱えられてベッドへと運ばれる。気分よくキスをしていた不満が残り、もう一度首に手を回して耳元で囁く。
「アーサーが、あっためて?」
当然二回戦に突入。
小さい頃のお正月。
「明けましておめでとうございます」
朝ごはんからおせちでお雑煮もあんまり好きじゃない。普段は酒飲みでどうでもいいことで怒鳴り散らす父が上機嫌でお屠蘇を勧めてくるのも嬉しくもなんともなかった。
けれど新しい下着をおろし、新しい気持ちで朝を迎え、ぴしりと背筋を伸ばして家族揃って新年の挨拶を交わすのは嫌いじゃなかった。