形無きものは何かと問われた時、皆さんは何を想像しますか?
空気や雲、電子マネーに地位などといったことを想像するのでしょうか?
えっ、ワタクシは何を思い浮かぶかのかですか?
そうですね。ワタクシはというと、真っ先に思い浮かぶのは「幽霊」です。
「幽霊」または「怪奇現象」でしょうか。皆さんも幼い頃にいろんなお化けの昔話聞いたり、怪談話や怖い噂を聞いたことがあったりしますでしょう。
メジャーなものなら、トイレの花子さんとかの学校の怪談がありますね。最近では、よく動画やら漫画やらで怪談話を纏めてあったり、そういった物語が描かれたりしてることが多いので、意外とマイナーな怪談も知ってる方が多いのではないかと思います。
ふむ。話も少し盛り上がって参りましたので、ここいらでワタクシの体験した不思議な怪奇現象のようなお話を1つ。お話致しましょう。
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あれはワタクシが、まだ十にも満たなかった頃のことでございます。
その頃のワタクシは、何かと親戚の家に預けられることが多々ありました。まぁ、両親は共働きでございましたから仕方ないといえば、仕方がないことでしたが、幼いワタクシにとってはそれがとても苦痛でございました。
そんな日々に、嫌気が差していたある日のことです。その日もいつものように、親戚の家の近くの裏山で遊んでいた親戚の子供と一緒になって遊んでいたんでいたら、綺麗な桜の木を1本見つけたんでございます。
今にして思えば、何故あの初夏の頃に桜なんぞ咲いているのかと思えるのですが、、当時は不思議なこともあるもんだぐらいにしかワタクシは思えなかったんです。
あんまりにも綺麗に咲いてるその桜を見たワタクシは、ふとその桜を家に持ち帰りたくなったんでございます。家に持って帰って、親戚の家の人間や両親に立派なもんを見つけたなと褒めて貰いたいとそんな思いを胸に抱き初めてしまったのです。
思い立ったら吉日と言わんばかりに、ワタクシはその桜に向かってズンズンと歩き出しました。
とりあえず、手で枝を折ってみよう。もし、それで駄目なら近くにあるもので折ってみて、それでも駄目なら親戚の家から何かを借りてこようと。
そんなことを考えながら、その桜に近づき手を伸ばそうとした時でした。
「そげなとこで、何しとんだぁ!このばぁたれ!!」
山一帯に響くような大きな声を浴びせながら、ワタクシの首根っこを思いっきり引っ張ったのは親戚の叔父でした。
怖い表情をした叔父を初めて見たワタクシは、あまりの恐ろしさにその時は息をするのも忘れていました。そんなワタクシの様子を気にすることなく、叔父は怒ったままワタクシを引き摺って、その場から離れようとしました。そんな叔父の行動にワタクシは慌てて静止をかけました。
「叔父さん、待って!せめて、あの桜!あの桜だけは取らせてよ!!」
ワタクシは半泣きになりながら、叔父に懇願しました。すると、叔父は怒った表情を少しだけ緩めると訝しむように桜のある方へ視線を向けました。
「なぁに馬鹿な言ってたんだ。おめぇ、あっざな場所に桜なんぞ咲いてるわけねぇだろが」
叔父のその言葉に、ワタクシは驚きました。
そんなワケはない。だって、ちゃんと彼処に綺麗な桜の木があったのだと、そう思ったワタクシは桜のあった場所に視線を向けました。
すると、其処には桜なんぞはなく。あったのは、大人がすっぽりと入れそうな大きな穴が1つあったのです。
困惑するワタクシの腕を叔父は問答無用で引いて、親戚の家まで連れていかれました。叔父と共に戻った親戚の家には一緒になって遊んでいた子達が、泣きながらワタクシに飛び掛かってきて唖然としてしまいました。
どうやら、その子達によると遊んでいる最中に、ワタクシが居なくなってしまったとのことでした。そして、その事を家にいた叔父に伝え、探してもらっていたらしかったのです。
当の本人のワタクシはというと、そんな自覚はなかったのでどうしてそうなったのかという困惑。それに加え、迷惑をかけてしまったという罪悪感でとうとう泣き出してしまったです。
子供達が全員泣き出してしまったことに困惑する叔父と、子供達の泣き声を聞きつけて外にやって来た祖母と祖父によって、ひとまず家の中へ入らされました。
家に入り、ワタクシ達が少し落ち着いた頃に祖母と祖父が叔父とワタクシ達から事情を聞いてきました。そこでワタクシ達は自分達の身に起こった事の全てを話しました。
ワタクシが一時的に行方知れずになったこと、ワタクシがありもしない桜を見たこと、桜の近くには大きな穴があったこと。
それらを聞いた祖父母は、得心がいったと言わんばかりの表情を浮かべました。
「そりゃあ、山桜様の悪戯だべな」
「なぁに、それ?」
祖父の言葉に、いち早く反応したのは子供達の中でも一番最年少だった桃子でございました。
「山桜様っつーのは、山の神さんの1人でなぁ。えれぇ、別嬪さんの姿をしてたりするっつー話もあるんだが、それ以上に悪戯好きな面もあってなぁ。人を騙したり、時には誘惑したりもするんでぇ。んでもって、此方から何かしたりする…例えば、枝を折って家に持ち帰ったりなんかすっと、その家を家事にしちまうなぁんて話もあんだぞ」
枝を折ってのくだりに、ワタクシは内心どきりとしました。もし、あの時あの桜の枝を折って持って帰っていたら今頃はとそう思い、密かに身を震わせました。
「なんだか、こわいかみさまだねぇ…」
「んだな。でもよ、怖いだけじゃあねぇんだぞ。山桜様はな、山に春をお伝えしてくれるありがてぇ神様なんだ。山桜様が、山に春を伝えてくれるから山の生き物や植物が冬眠から目覚めてくれる。そのお陰でオレら山に生きてるもんに、山の幸っつーありがたいもんを裾分して下さるんだ」
そう語る祖父は、どこか誇らしげでございました。
その祖父の語りに、ワタクシを含め子供達全員が聞き入っていました。
恐ろしくも美しい、春を告げる神様。
時には人に悪戯をお越し、時には恵みを与える不思議な神様。
そんな神様にワタクシは出会ったのだと、幼心に思ったのでありました。
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山桜様の悪戯話、如何でございましたでしょうか。
恐ろしかったでございますか?
それとも、面白かったでございましょうか?
いつの世も人ならざる者は、恐ろしくあるもどこか人を惹きつけてならぬモノがございますね。
それでは、これにて本日のお話は終いとさせていただきます。
ご覧下さり、まっことありがとうござんした。
作:🐡
*上記の作品は二次創作でありますので、そこのところご了承下さい。
①《佐藤にとってのジャングルジム》
「最近、ウチの孫が公園のジャングルジムでよく遊ぶようになってねぇ」
そう自分に語りかけてきたのは、パートのお喋りおばさんこと吉田さんだった。
既に終業時刻を知らせるチャイムが鳴り終わっている。つまり、あとは帰るだけという時に捕まってしまったのだ。
あまりの運の悪さに自分の今日の運勢は最下位だっただろうかと思いつつ、彼女の話に相槌を打つことにした。
「へぇ、そうなんですね。じゃあ、一緒に公園に行く時とかお孫さんから目離せないですね」
「そうなのよ~。ウチの孫、元気いっぱいでホント困っちゃうわぁ」
困ると口で言いながらも、孫のことを話す吉田さんの顔は嬉しそうに笑っていた。そんな様子に自分は、祖母というものはこんなにも孫の成長を喜ぶものなのかと一人でに感心していた。
「佐藤君は小さい頃どうだった?やっぱり、男の子だからいろんな所で遊んで傷とか作ってたりしたのかしら?」
自分の孫の話だけしてもつまらないのか、それとも此方の方に気を遣ってなのか吉田さんは唐突に質問を投げ掛けてきた。正直、それは自分にとってはありがた迷惑の部類に入る行為だった。というのも、自分はあまりそういったことを他者に話したくない質なのだ。理由は、様々あるが一番の理由はまず自分には実の親がいない。というのも、自分は幼い時は孤児院にいたのだ。運の良く小学4年生の時に里親が見つかり、育てて貰った。なので、あまりこういった話はしたくなかった。
「いや、自分はあまり外に出るようなタイプじゃなかったですね…」
「あら、そうだったの?体とか大きいから、てっきり外で遊んでるイメージあったわぁ」
「えぇ、よく言われます」
そう言って曖昧に笑った自分に、吉田さんは何かを聞くことなく、5分程そのまま自身の孫の自慢話を自分に聞かせ続けた。
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そんな話を聞いたからなのか、帰宅途中にある公園に立ち寄ってしまった。近くの自動販売機から微糖の缶コーヒーを買うと、公園内のベンチに座わった。
視線を動かせば小さな子供達とその保護者、それから犬の散歩や自分のように公園で休んでる者があちらこちらにいた。
ふと、今日の話の話題に出てきたジャングルジムに目を向ける。ジャングルジムには、小さな子供達が無邪気にあの格子状の中を巡り回っていた。
そんな様子を見ながら、もし幼い頃の自分があの場所にいたらどうしていただろうかと思った。
ジャングルジムの下であちこち動き回るか、頂上を目指して登るか、それとも――。
そこまで考えて、そう考えることの不毛さに気付き息を吐いた。
今どれほどかつての事を夢想しても、過去は変えられない。それは大人になって、すぐ分かったことだったろうと思いながら缶コーヒーを開けた。
(あのジャングルジムで遊んでいる子供達は、大人になくなったらどう思うのだろうか)
今の自分のように思うのか、それとも別のことを思うのか。
「…きっと、その時にならないと分からないよな」
自分だって、そうだったのだからと残りのコーヒーを飲み干して、ゴミ箱に捨てると立ち寄った公園を後にしたのだった。
② 《あの頃のジャングルジムはもういない》
幼い頃は、ジャングルジムがどこか巨大な物に思えた。
あの格子状の中を縦横無尽に駆け巡るのも、頂上にあたる場所によじ登るのも一苦労だった。だが、どこか満足感とも充実感とも言えるようなものがジャングルジムから出た後にやってくるのだ。
それが幼心に良い刺激となって、また来ようと思えた。
しかし、大人になると子供の頃とは全てが違ってくる。
記憶の中で大きかった筈のジャングルジムは小さく見えるし、思えてしまう。
あの格子状の中を無邪気な気持ちで、縦横無尽には行けず。頂上に登るのは、あっという間になってしまった。
ジャングルジムを出た後は満足感や充実感よりも、疲労感と脱力感。
あの刺激は大人になってすっかり消えてしまった。
これが大人になるということなのか?
いや、大人になってしまったということなのか?
はっきりしたことは分からない。
ただ分かることがあるとすれば、きっともうあの純粋な頃の自分には戻れないということだろう。
作者: 🐡