「忘れたいの」
「忘れてしまいたいのよ」
「あの人と見た風景
あの人と歩いた道
あの人と聞いた雑踏
横顔、視線、声、仕草…
何もかも、すべてが、
私を追いかけてくるのよ!」
彼女の耳に光るピアスは
彼が褒めたシルバー
彼女の指にあるのは
彼と選んだサファイア
あぁ、きみは
忘れたいんじゃない
忘れたくないんだ
でも、認められないんだね
「忘れたくても忘れられないのよ」
今日も、彼の影をまとっている
#忘れたくても忘れられない
俺の肩下に、
いつも君のつむじを見ていた
俺を見上げる
いつも怒った顔で
「また見下ろしてるぅ」
仕方ないだろ
小さいけど、存在感は大きいんだから
十分だよ
なのに、
煙突から白い煙がまっすぐ立ち上る
俺から、
あんなに高く高く
いってしまった
馬鹿野郎
俺を置いて逝くなよ
#高く高く
「ごめん
離婚することになった」
10歳のきみは
大人のように悲しく目を伏せた
そんなきみを見た40歳のぼくは
子供のように号泣した
#子供のように
傷ついてなんかない
悲しいなんて言葉でくくらない
私の涙は
誰にも見せない、見せてやるもんか
だから
誰もいないとこなら
泣いても、いいよね
本当は傷ついたんだ
ものすごく悲しかったんだ
#涙の理由
今日も、へんくつじいが、
縁側に座って本を読んでいた
度が合ってないのか、
老眼鏡は鼻眼鏡になっている
庭の花壇には、今年も白いチューリップ
今年も春が来たなぁ
へんくつじいは一人暮らしだけど、
毎日きっちり生活している
だけど、近所のおじちゃんやおばちゃんは
なにかと気にかけて、覗いている
いつしか私もその一人になった
へんくつじいは、
まだ赤ちゃんの頃にお父さんと死に別れ、
母子家庭で苦学したという
初恋を実らせて(みんな驚いたらしい)
幼馴染のお嫁さんと結婚
この家で、3人仲良く暮らして、
もうすぐ4人目が増える、という春
へんくつじいは一人になった
事故で母と妻と子を亡くしたへんくつじい
見る影もなかったという
何度目かの春、
ついにへんくつじいを庭に引っ張り出し
「庭も花壇もめちゃくちゃだ!
二人が好きだった庭なのに!」
この言葉でへんくつじいは正気に戻って、
今のへんくつじいになったという
今日も、へんくつじいは
きっちり生活して、庭の手入れをしている
夏にはひまわりが咲くだろう
#過ぎた日を思う