一日の終わり、帰宅途中に購入した日本酒と普段はあまり吸わないタバコを手にベランダに出る。
都市部から少し外れたこの地域は街灯も少なく、夜は田舎ほどでは無いが星も程々に観察できるぐらいにはあたりは暗くなる。
星々が瞬く中に煌々と輝く月を見つめつつ、タバコに火をつけゆっくりと煙を吸い込んでいく。
昔、祖父と夜に空を見上げつつ他愛もない話をしたのを思い出す。
天気のいい夜の日に行われる、なんてことの無い日常の一コマであったが当時の自分は特にその時間が好きだった。
祖父の吸うタバコの匂いと、ユラユラと揺らめく煙とともにゆっくりと語られていく祖父の思い出。
当時は幼いこともあり聞いている途中で寝てしまうこともあり、すべての内容を覚えている訳では無いが、そんな夜の穏やかな時間がずっと続けばいいなどと思った記憶がある。
タバコと日本酒を交互に口に含み、ぼんやりと過去の思い出に浸る。
そういえば、もう随分と祖父にあっていない気がする。
久々に会いに行こうか、適当なお土産を見繕う必要もあるだろうか、などと考えてるうちに随分と夜が深まっていた。
さすがにこれ以上は明日の仕事に支障が出る為、そろそろ寝るべきだろう。
残った日本酒を一気に煽り、タバコの火を消す。
月を最後にもう一度だけ見て、穏やかな気持ちで今日にさよならを告げた。
[今日にさよなら]
初めてのキスはレモンの味、なんてこと昔どこかで聞いた気がするがどこでそんなことを聞いただろうか。
気がついたらどこかで耳にしていたそのフレーズを思い浮かべながら、鮮やかに色づいた唇にそっと口付けをしてみる。
血に濡れたその唇は既に温もりが失われ、冷たく無機質なものになっていた。
「初めてのキスがレモンの味なんて嘘じゃないか……」
そう呟きながら、もう動くことの無い冷たい体をそっと抱きしめただただ縋ることしか出来なかった。
[Kiss]