「…ん?」
夏の暑い日差しの中、ふと後ろを向く。
1人で散歩中なので、もちろん後ろには誰もいない。川の流れとセミの鳴き声がただ聞こえてくるだけだ。
何か違和感を感じる…。そう思いながらも、正面に顔を向け、歩きだそうとする。
そのとき、
「みーちゃん!」
その声にひかれ、振り返るとそこには、幼い女の子。
少し背伸びをしたような大人用の白い帽子を深くかぶり、黄色のワンピースを着ている。
「……さっちゃん?」
「せいかぁい!」
どうして私自身からさっちゃんなんて名前が出たのか、この子が何者なのか分からない。混乱したままの私をよそにさっちゃんはにっこりして、私のもとへ駆け寄ってくる。
「あのねあのね!今日ね!さっちゃんね、みーちゃんと花火したいの!ママが花火買ってくれてんだ!」
「みーちゃん…、私とってこと?」
「?他に誰がいるの?」
「そう…そうね。」
「ふふー!もう準備はしてあるんだ!今日の夜6時ここに集合ね!」
自慢げにそう話し、さっちゃんは私とは反対方向へ走っていってしまった。
「さっちゃん」。そんな子、いただろうか。どうしても、思い出せない。でもどうして私はあの子の名前が分かったのだろうか。
夜6時。一旦家に帰って、ライターだけ取ってきたあと、もう一度あの場所へ向かった。ここは小さな公園があり、透き通った川が流れている。田舎ならではの美しさにいつもと変わらない退屈を感じながらも、ライターをカチカチしながら待っていると、さっちゃんはやってきた。
「お待たせ!あ!ライターだ!」
「ん…。」
さっちゃんは一層にっこりした。
「じゃあやるぞーー!」
ぱちぱちぱちぱち
日が沈みかけている、真っ赤な空の下、私とさっちゃんは花火をしていた。
赤、青、橙…。
たくさんの色が、私とさっちゃんの周りを彩っていく。どこか懐かしい夏のひととき…。
「お待ちかね!線香花火だよ!」
「ふふふ」
私はさっちゃんと打ち解け、ほんの数分で笑いあうほどの仲になった。
「みーちゃん勝負だよ!どっちの線香花火が長く持つか!」
「いいよ!負ける気がしないな!」
「ぜったいさっちゃんが勝つもん!」
ライターでカチッと同時に火をつける。
ぱちぱちぱち…
控えめな音を立てながら、少しずつ先が朱く膨らんでゆく。
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
何か聞こえてくる…。何か流れ込んでくる…。
「みーちゃん!」
「みーちゃん!」
「助けて…!みーちゃん…!」
そうだ…。よくさっちゃんは私の後ろについて歩いていた…。
あの夏私は、川に溺れたさっちゃんを助けることが出来なかった…。
私の夏の忘れ物…。
「…みーちゃん、おもいだした?」
「さっちゃん…、思い出したよ。ごめん…ごめんね…」
思わず涙が出てくる。
「いいんだよ~。みーちゃん、あの夏に記憶をおとしていったみたいだったもん。持ってきてあげたんだ。みーちゃんにさっちゃんのこと、忘れて欲しくなかったもん…。」
「…ありがと…!!もうぜったい忘れないから。」
「んふふー、ぜったいだよ」
2人の線香花火が落ちる。
夕日も地平線に消えていき、きづいたらさっちゃんも居なくなっていた。
1人は孤独。3人は多い。
ふたりで居られるなんて、贅沢だよね。
たった1人の姉。
小さいころは喧嘩が多くて、嫌いになったり、好きになったりの繰り返しだったね。
どっか行っちゃえって、思う日だってあったよ。
でも、少し大人になった私たち、いつの間にか喧嘩はほとんどなくなって、妹である私を可愛がってくれたね。
ずっとこんな日が続くと思ってた。でも、そんなの間違いだったね。
今日は貴女の結婚式。
ふたりじゃなくなるなんて、貴女の隣が私じゃなくなるなんて、やっぱりちょっぴり寂しいけれど、笑顔で、どうか貴女が幸せでありますように。
ある日、心の中の風景が見えるようになった。
真っ黒な人、草木の生い茂る人、アニメのキャラが見える人、たくさんの友人がいる人…。
周りの人はみんな、何かしらの風景が見えるのに、僕自身の風景は空白だった。
何も見えない、何色でもない。
どうしたらこの空白は埋まるのだろう。
僕は空白を埋めるため、たくさんの人と関わろうとした。意見を合わせ、自分より他人を優先した。
いつもにっこりして、楽しそうに過ごした。どうか空白が埋まるようにと。
数日後、僕の空白は埋まった。
でも僕が思い描いていた結果にはなっていなかった。僕が一緒に過ごした人たちの心の風景がそのまま僕に移っていたのだ。これは「僕」じゃない。どうしたら僕になれるんだろう。ただ願うばかりだ。
どうか僕が「僕」になれますように。
「あなたの欲しいもの、ここにあるわよ。」
そういって女は真下を指差した。
年は15くらいだろうか。さすがに男は戸惑った。
「ここを掘ればいいわ。」
女はにっこりする。はっきり言って、訳が分からない。
「お前は誰なんだ。」
「どうして言う必要があるのかしら。」
「……掘ればいいのか?掘ったら何がある?」
男は欲深かった。女が怪しいのは変わらないが、「自分の欲しいもの」という言葉に惹かれていた。
「何があるかは、お楽しみ。」
「…分かった。家からスコップを取ってこよう。」
「スコップじゃ無理よ。シャベルにした方がいいわ。」
「家にシャベルなんて無い。」
「いいえ、あるわ。」
「なんでそう思うんだ?」
「なんでかしらね。」
女はのらりくらりと男の質問をかわす。
「じゃあ、シャベルを探してみよう。なければスコップを持ってくるからな。」
「ええ。」
男は回れ右をして家に帰っていく。
「ある…。」
男の家の納戸に、シャベルはあった。
買った覚えも、使った覚えも無いのだが、かすかに土がついている。
「何年か前に買ってたのかもな…。」
男はシャベルを持って、女のところへ戻っていった。
女は変わらず立ったまま男を待っていた。
「あったのね。」
「ああ。…じゃあ掘るぞ。」
「ええいいわよ。」
ザクッザクッ…ザクッ…………カツン。
「なにかあたったぞ!」
男は無我夢中で土の中から取り出す。
出てきたのは、
白骨
「え……。」
男は何かを思い出す。
これは…俺が…おレが…こコ殺kロし/@$*=#;*(/$×_;
「思い出したか、この人殺し。」
女は消えた。
しかし男が忘れたなら、また現れるだろう。
「ここにあるわ。」と。
世界に呪いがかけられた。
生まれたその瞬間から、体の周りを少しずつ岩が覆い隠していく病気。体が完全に覆い隠されれば、意識はあるものの、動くことは出来なくなる。そして他の者達の手によって、「岩」として破壊される。
原因を探ろうとした者も、その呪いから逃れようと薬の研究を始めた者ももちろんいた。しかしその者たちは決まって岩が体を覆い隠すスピードが速くなり、実験に手をつけられないまま岩になってしまうのだった。
いつ岩に体が覆い隠されるか、分からない。そんな世界で生きる者達がいた。
「月が綺麗だ。」
僕は、岩が足を覆い隠し、1人で歩けなくなった友人を車椅子で外まで連れていっていた。
「ああ、…でももう少ししたら、この月も俺は見えなくなるな。」
「そんなこと言うなよ、唯人。僕は今見えるもの聞こえるものを楽しみたいんだ。」
眉を潜めた僕に、唯人は笑顔を向けた。
「確かにそうだな。お前は、顔がもう半分覆われてるもんなー…。でも、足よりましだぜ、多分。1人で歩いていけるなんて最高じゃんよ。俺なんて、一日中ベッドでダラダラして寝て起きたら足が岩になってたんだ。こんなことならあの日は散歩でもすりゃ良かった、だろ?」
そういって唯人がにやっと笑うから、僕もつられて笑ってしまった。
「まあ、確かにそうかもな。」
「今日は何する?」
「そうだな~…。」
僕たちはいつ岩になるか分からない毎日を思い出作りをして過ごしていた。
翌日。
「おはよ唯人。」
「おはよー。」
歩けない唯人に歩み寄る。その時。
パキ…。
足が固まる。岩は少しずつ上に上ってくる。
パキパキ…パキ…
「おいおい…嘘だろ…。」
「…俺もだ…。」
パキ…パキ…。唯人の体も俺と同じようにいつも以上のスピードで岩に覆い隠され始めていた。
「覚悟してたはずなのにな…。なんで今日なんだろうな…。」
唯人は静かに涙を流しながら笑う。
唯人…唯人…!走り出そうとする。しかしもう足は動かなかった。
「唯人…!」
首まで迫ってくる。
唯人も同様、すでに首まで岩が覆い隠していた。
「楽しかった…。同時に岩になれるなら良いじゃねぇか…。寂しい思いをしないですむな…。」
眉を下げて唯人はにっこり笑う。
「唯…っ」
もう岩があご辺りまできてしまった。すぐに口も固まってしまう…。僕が一番唯人に伝えたいこと…。
「今日も…月がきれ…」
その言葉を最後に、僕と唯人の口は固まってしまった。最後の言葉を聞いて、唯人からは大粒の涙が流れた。その涙も、岩になっていく…。僕らの全てが、岩に覆い尽くされていく…。
あと一歩…。あと一歩だけ歩けたら…あなたに触れられるのに…。