伝えたい
底抜けに明るく,のびのびとしているアイツは…いつだって俺の目にキラキラして映った。でも最初からわかっている。このどうしようもない己の複雑かつ不浄な気持ちは言語化してはならないと。
でも,揺れ動いて仕方がないのだ。陽の光が差し込む昼下がりの教室の窓際で,友達と朗らかに話していたアイツは…俺と目が合うなりふっと表情を綻ばせた。そしてそれを助長するかの様に,緩やかな風で木の葉が煽られ,教室に入り込む光が繊細に揺れる。
だから,だめだと思いつつもついつい強欲になってしまうもので。もしかしたらアイツだって少なからず俺のことを見てくれているのではないか?なんて都合の良いことばかりを考えて,ずっと己の心の底にしまいこみ,目を瞑ってきた不浄な感情の断片を…結合させてしまいそうになってしまう。嗚呼,誰か,誰か俺を止めてくれないだろうか。自覚してしまったら最後,もう二度と抜け出せない。アイツの沼から抜け出せない。
俺は,男だ。そしてアイツも…男だ。始まらせてしまったら終わったも同然のこの恋を前にして俺は一体,何を出来るだろう。伝えたくても伝えることすら許されないこの恋は…いつ,どんな形で終わりを迎えるのだろう。知りたいが知りたくない,という大きな矛盾を抱えたこの問は,いつになったら分かるのだろう。
いや…わかりたくもない。
だから
今日も変わらずに俺はアイツの隣に並んでいる。
______哀れな気持ちを心の奥に秘めながら。
この場所で
今思い返してみれば,あの頃の俺は人間関係,進路,部活…など。挙げればキリのない程の物事に悩まされていたものだ。毎朝,耳元でけたたましく鳴り響く目覚まし時計を止めれば一日が始まり,ドロドロとした人間関係の軋轢を超えてやっと帰宅すれば溜め込んでいた課題に手をつけて…気付けば寝落ちしている,そんなありふれた日常。いつになったらこの堂々巡りの日々から抜け出し,前に進めるのかと非常に頭を痛めた。けれど,あの場所にいる時だけは…そんな俺も全ての事柄から開放されるのだ。
部活を終え,だらだらと重苦しい足取りで真っ暗な廊下を1人,歩いていた時のこと。普段はなんの光もない音楽室の小窓からふっと,無機質な廊下に不似合いな様の柔らかい…暖色系の色合いの光が盛れ出しているのが目に入る。俺は困惑した。こんな時間に…誰か音楽室にいるのだろうか。はたまた,音楽教師が授業後に消し忘れたのだろうか。けれど,不意に微かなピアノの音色が己の鼓動を震わせた時,そんなことはどうでも良くなった。
極小さな光の粒がさわさわと淡い光に照らされて時折光り輝くような…本当に,繊細な音。それは己の心の奥深くまで入り込んでは出ていこうとしない。俺は,その場から動けなくなった。いや,これには些か語弊があるかもしれない。正しく言えば…その場から動きたく無くなった。
__このまま,時が止まれば良い,なんて思った。