#涙
祖母の遺した、真珠のネックレスを手に取る。
子供の頃何度も見せてもらって、これは昔仲良しだった人魚がくれたのよ、と聞かされた。
そういう事を、大真面目な顔で言う人だった。
祖母から受け継いだものの、私はまだ一度も身につけたことがない、
明日は祖母の一周忌。
ふと思いついて、初めてネックレスを鏡の前で着けてみた。
真珠はひんやり青く輝き、確かに人魚の涙と呼ぶのに相応しい。
「あっ…」
肌にのせたとたん、真珠は氷が溶けるように水滴になってしまった。
するん、と雫が胸を流れた。
#春爛漫
今朝、窓を開けると重なりあった山からもうもうと、湯気のような白い霧が昇っていた。
霧に見え隠れするピンクの帯が、山をくの字に縦断している。
昨日まではなかったのに、群生する桜の木が花をつけたらしい。
この季節だけ現れる桜色の道。
春の精霊たちがしずしずと、魔法をかけに下りてくる。
#もう二度と
学生時代のグループで久しぶりに会うと必ず、またすぐ会おうね!と言い合う。
次に行きたい場所を決めて、こまめな連絡を約束して、けれどついつい何年も間が空いてしまう。
皆それぞれ生活に忙しく、そのうちそのうちと思っているうちに、あっという間に数年が経つのだ
そんなあっという間に、グループの一人が亡くなってしまった。
闘病さえ知らぬまま二度と会えなくなったのだが、家族だけでひっそり弔いましたと後から聞いたせいか、まるで実感がない。
お墓参りをしても他人事のようで、何なら隣で一緒に手を合わせていそうな気がする。
結局私たちの中では、彼女は今も同じポジションにいる。
会話の中でいつも名が上がるが、しばらく会えてなくて、今回もたまたま顔を出せなかった仲間。
このままずっと、そう思っていたい。
#どこ?
どこ?ここ?
キッチンに立っていると、ツンツン足元を犬がつついて、ご飯の催促。
食欲旺盛で気難しい、十五歳のお婆さん犬だ。
病気で失明して耳もダメになり、ヘレン・ケラーさんみたいになったけれど、トイレは頑張って自力で出来るし、散歩だって行く。
気配と嗅覚で、ちゃんと私の居場所を探し当てるのだ。
ここにいるの分かった?すごいねぇ、偉いねぇ、と撫で撫ですると、ゆっくり尻尾を左右に振る。
でもね、ご飯の時間はまだなんだよー。
人生(犬生?)ちょっとハードモードだけど、お互いまだまだ頑張ろうね。
#大好き
息子が幼い頃、毎日何度も「大好き~」と抱っこしていた。
すると息子は「僕も大好き!」と可愛い声で言ってくれたものだ。
小学生になると抱っこはやめたが、毎朝「行ってらっしゃい、大好きやで!」と声をかけ、息子は「僕もー」と応えて、それが挨拶の一つみたいになっていた。
高学年になるまで続いただろうか。
さて先日、帰省してリビングでスマホを見ている息子(大人)に、ふと思いつき
「おはよう、大好きやで!」
と言ってみた。
どんなリアクションがくるかほくそ笑んでいたら、息子はスマホから目も離さず「おはよ。俺も」と上の空で言った。
エッ、反射的…?
呆然と後ろめたい気持ちになり、私はこそこそその場を離れた。
刷り込みってあるのだなあ。