「灰色の翼と青い手紙」
プロローグ
彼女は、名前を持たなかった。
ただ「兵器」として作られ、育てられ、命じられるままに動いた。感情は不要。愛も、痛みも、存在しないものとして。
その瞳は、冷たい鋼のように澄んでいた。誰かの命が消えるその瞬間でさえ、心は波紋ひとつ浮かべなかった。
「任務は完遂。感情は排除。」
それが彼女の全てだった。
だが、ある日――**「配達の仕事」**を命じられた。理由はわからない。ただ、指令に従うだけ。渡されたのは、薄く青い封筒に入った一通の手紙。
「届けろ」
それが命令だった。
第一章:最初の配達
薄暗い街角、夕闇の中で彼女は歩いた。
冷たいコンクリートの道。すれ違う人々の温もりに気づくことはない。
最初の宛先は、**「老婦人のもと」**だった。
扉をノックすると、しわだらけの手がそっと開けられる。老婦人は微笑んで言った。
「まあ、手紙なんて久しぶり。ありがとうね。」
彼女は黙って手紙を差し出す。ただの任務。感情はいらない――そう、思っていた。
だが、そのとき。
老婦人が手紙を抱きしめ、微かに涙ぐむ姿を見た瞬間、胸の奥に奇妙な痛みが走った。
「ありがとう。本当に、ありがとう……」
なぜ、涙が流れる?
なぜ、この声は温かい?
彼女はわからなかった。ただ、その光景が心にかすかな傷跡を刻んだ。
第二章:色を知る日
次の宛先は、「小さな少年」。
彼は庭で遊んでいて、彼女に気づくと笑顔を向けた。
「お姉ちゃん、手紙持ってきてくれたの?ありがとう!」
笑顔――その表情が何かを揺さぶる。
渡した瞬間、少年は目を輝かせて手紙を読み始めた。
「お父さんからだ!」
彼の瞳に宿る期待と喜び。
彼女の中で、何かがきしむ。
その夜、眠れぬまま空を見上げた。
星空が、こんなにも綺麗だと知らなかった。
第三章:傷とぬくもり
何度も配達を繰り返すうちに、彼女は感情の重みを知り始める。
• 恋人から届く別れの手紙に泣く少女
• 亡き友からの最後の言葉を受け取る男
• 子供を亡くした母親への慰めの手紙
それぞれの手紙が、人の心を震わせるたび、彼女の中に**「痛み」**が刻まれていく。
その痛みは、かつて任務のたびに捨ててきたもの。だが、今は――
「これが、人間の心なのか?」
第四章:失われた記憶
ある日、配達の途中で彼女は夢を見る。
それは、幼い自分が母の腕に抱かれる夢。
「お前の名前は――」
目覚めた彼女の胸に、名もなき悲しみが残った。
なぜこんな夢を見るのか?
自分はただの兵器、感情も記憶も持たないはずだった。
だが、配達を続けるたびに、心の奥に微かな記憶の欠片が浮かび上がる。
クライマックス:最後の配達
最後の配達先は、かつて彼女が**「消したはずの命」に関わる場所だった。
そこにいたのは、かつての任務で失われた家族のただ一人の生存者**。
彼女は初めて、届けることが怖かった。
手紙を渡す手が震える。
だが、その人物はただ静かに手紙を受け取り、微笑んだ。
「君は、今もこうして何かを届けている。なら、それだけで――十分だよ。」
その瞬間、彼女の中で何かが崩れた。
自分が傷つけた人が、彼女に許しを与えた。
エピローグ:新しい名前
数年後。
彼女は、もう配達人として街を歩いている。
名前もなかった彼女は、今では**「リア」**と呼ばれている。
冷たい鋼の瞳は、今や柔らかな光を宿し、空を見上げるたびに思う。
「愛することは痛みを知ること。でも、それは生きる証。」
かつて兵器だった少女は、今、人として生きている。
手紙を通して触れた愛情が、彼女に心を取り戻させた。
そして、今日も――
新たな配達のために、彼女は歩き出す。
「精一杯だったあの日に」
静かな影が寄り添う夜、
過去の足跡にそっと触れる。
あの時の自分は、ただ精一杯で――
震える手で未来を探していた。
恥も、悔しさも、傷跡も、
静かに胸の奥で眠っている。
でも、あの日の空は曇りじゃなかった、
必死に伸ばした指先が、光を掴もうとしていた。
人の声に、距離を置く心、
守りたい静けさがそこにはあった。
何も求めず、ただそばにいた。
「凄くなくてもいい」
その囁きが、今日の空気を変えていく。
あの日の自分は、あれがすべてだった。
それでいい、今ここにいることが、答えになる。
走り続ける朝の風、
重ねた筋トレの痛みも、
心を守りながら、あなたは前へ進む。
過去を抱えたまま、それでも強く。
精一杯だったあの日に、ありがとう。
精一杯の今に、誇りを。
「本物を求める者へ」
焦らず、騒がず、逃げ出さず
この道を歩くと決めたのなら
振り返るな、疑うな
掴むまでは、まだ途中
夢を語るだけなら簡単だ
だが言葉は軽く、風に消える
本物が欲しいのなら
己の手で、それを形にしろ
苦しみが待っていると知っても
求めることを諦めない者だけが
偽りの闇を切り裂いて
光の中へと辿り着く
嘘にはしない
すべてを本物にするために
今日もまた、一歩を踏み出す
——そして、お前は進み続ける。
何もできない、と呟いて
ただ座り込んで 空を見上げる
手を伸ばすこともなく
歩き出すこともなく
けれど 何もしなければ
できるものも 生まれない
昨日と同じ 風の中で
明日さえも 霞んでいく
小さくてもいい
ひとつ踏み出せば
世界は少し 動き出す
その一歩が 何かを変える
流れゆくもの
川はただ 静かに進む
光を映し 風にたゆたう
動きを止めれば 淀みはじめ
やがて その身を腐らせる
人もまた 歩みを止めれば
心は重く 鈍くなる
昨日のままでいようとして
明日の風を忘れてしまう
けれど 急ぐばかりではない
流れのままに 時を知る
滞らず 焦らずに
生きることこそ 澄みわたる秘訣