閉ざされた日記
日記って私続かないんだよな
一日を文章にするのが難しい
しかもたくさんいろんなことあった日は特に
でも母の日記闘病中のやつをみた
まぁ途中でそれも終わっていたけれど
私がいじけて帰ったことが書いてあった
いじけたんじゃないんだけどな
と思いつつ読んだ
日記は悪い物ではない
ただ続かない
母に似たのかなとも思いつつ
でもなぜかこの毎日作品を書く
これは続いている
日記みたいなものかこれも
いつまで続くかな
続けることを辞めた日はもしかしたら
私の心に余裕が出た日ではないかと思う
余裕が出る日までよろしくお願いします
木枯らし
心が常に木枯らし
常に冷たい風が吹いている
いつになったら春が来る
ポカポカなりたい
切実に
美しい
美しいと本気で感じたことはない
心惹かれたこともない
本当に美しいものでいなきゃいけないのは
物でも風景でも人の容姿でもない
人として心が美しいのが1番だ
私もそうでなきゃいけないけれど
人間そんなできていない
人への思いやり、感謝はなるべく
するようにはしている
けれど人はなぜか合わない人には
無意識に拒絶してしまうものだ
みんな心が美しければ
平和になるだろうか
この世界は
私は幼い頃から
実は今が現実ではなく
違う世界で生きているのではないか
っと思う時が多々ある
それはなぜか
お腹の中にいた記憶がある
なんでこんなところにいるんだろう
でもここら出たくない
っと思った記憶
お腹の中で聞いたことある曲が
幼い時にテレビで流れ
あ、これお腹の中で聞いたことがある
っと思った記憶もある
そう考えると
違う世界から放り込まれたのではないか
っと幼い頃から思っていた
今流行りの異世界転生みたいな
そして今が苦しい時に余計にそう感じる
私のいなきゃいけない世界はここではないと
この世界で生きているのは確かだ
結婚もし娘はいるし
娘はかけがいのない存在
それなりな人生を歩んでいる
確かに私はこの世界で生きている
どうして
どうしてはいい興味ならいい
例えば勉強、仕事
自分が学べるもの
けれど人に対しての疑問に
《どうして》
は地獄の呪文になる
どうしてと思った時点で
一生分かり合えない相手だ
仲良くなる人にどうしてなんて思わない
そして疑問が湧けば湧くほど
心が削られる
流そうとしても流せれない
どうしての連続で私は削られた
削れて削れて気づいた
流すよりも諦めるが正解
結局わかり合えないから