ささやかな約束
ささやかな約束は大人にはささやかでも
子供からしたら大事な約束
私は子供の頃父親と約束をした
父親からしたらきっと
ささやかだったのだろう
私からしたら楽しみな約束だった
けれど飲み会が入ったとかで行けなくなって
また今度って言われてすごくショックだった
子供には今度と言う言葉が
じゃあいつなんだよ!という気持ちになる
娘が生まれ小学生になり
私の夫が娘にふと言った約束がやはり
いつ行けるの?まだ?
と娘は何回も言う
私は前から子供にすぐできない約束は
するものではないと夫に言っていた
子供からしたらささやかな約束ではのだ
行くとなった日に言うか
言ったからにはちゃんと実行しなければ
大人は嘘つきだとなる
子供の時に親に対して嫌な思いをすると
楽しい思い出より覚えているものだ
だからささやかな約束は私は嫌い
祈りを果てねぇ…
祈っても祈っても
なにも変わらないと思うのは私の考え
宗教で信じてる人もいるから
否定はしない
ただ私は信じていないだけ
神頼みより私は自分自身で努力しなきゃ何も変わらないし
何も得れないと思っている
だって神がいてこの世の中だったら
すごい意地悪な神様じゃん
結局性格が悪い人の方が勝っていく場合もあるし
優しい人は逆に不利な場合も多い
神に縋りたいほどの想いも確かにある
でも結局自分自身がどうにかしていかなきゃいけない
どうにもできなくなった時
果たして神は祈りを果ててくれるの?
まさしく今心の迷路に迷い込んでる
疲れすぎているのか
私の心が弱いのか
いきなり助けて
って心の中で言う時が1日に数回はある
なにが苦しいのかもわからない
毎日どこがゴールかわからない
この先本当に光が現れるのか?
私だけじゃない
他の人も毎日忙しいはずなのに
なぜ私はこんなにも弱いんだ
もっと体力あれば違ったのか
もっと人に鈍感だったら心が壊れなかったのか
病は気からというけれど
まさしくそうだ
心が強かったら身体は壊れなかったはず
なんでいつも心より先に身体が壊れるんだ
身体が壊れてから心の限界に気付き
更に心が壊れる
この繰り返しを何度するんだ私
ゴールはどこだ
スタートしたらゴールはあるんじゃないの?
私はずっと心の迷路に迷い込んでいる
ティーカップ
見た目がそれぞれ違う
入れる飲み物でも変わる
けれど落としたら割れてしまう
壊れたらなおせない
人も同じ
みんなそれぞれ見た目が違い
育った環境、生まれ持った性格で変わる
辛いことがあるといきなり心が割れてしまう
けれどティーカップと違い
人は心は治せるかもしれない
壊れる前に自分を大切にすれば
壊れる前に大切にする?
そんな単純じゃない
だって壊れる前がわからない
でもいつか治ると信じて進むしかない
人間はティーカップじゃないから
四日間ストレスで寝込み
今日からまた出社する日々が始まった
朝、手が震えているのに気づくと同時に
息をどうしていいかわからなくなった
呼吸ってどうするんだっけ?
リズムなんてないのにリズムを考える
普通に呼吸しようと頑張れば頑張るほど
呼吸がおかしくなる
とりあえず旦那と娘にはバレないように
装った
助けてと言いにくい旦那なの?
いいや、違う
私が言いたくないのだ
人に頼ったら負けだと思ってしまう
頭ではわかっている、そんなの意味がない
自分で自分の首をしめているだけだと
けれどそこで甘えたら終わり
自分に負ける自分が嫌なんだ
とりあえず行けばなんとかなる
そう言い聞かせ出社した
ここでも私は演じる
元気に挨拶をし平然を装う
案外装えばなんとかなるもんだ
仕事を終え、帰宅し次はまた妻と母を演じる
私は毎日自分を閉じ込める
閉じ込めておかないと自分に負けるから
いつか自分と仲良くなれる日がくるのだろうか