12/22/2024, 3:47:15 PM
ゆずの香り
こんなに頑張ったんだ。
今日くらいはちょっと贅沢したっていいだろう。
スーパーで売ってた旬の柚を湯に浮かべて握り潰した。
ぐちゃり。
昨夜の感触を思い出す。
会社からの帰り道、ようやく慣れてきた暗い坂道を自転車で駆け上がり、アパートまであともう少しといったところだった。
タイヤ越しに、固くて柔らかい何かを踏んだ感触が全身を走った。しかし、振り返ってみてもそこには何も無い。
首を傾げながらも、気の所為にしてまたアパートまで自転車を漕ぎ出した。
今夜も同じ道を通って帰ってきた。昨日と違ったのは、変な感触を感じた場所の脇に、人がいた事だ。
暗がりで、どんな人だったかなんて見えなかったし、疲れていたから気にも止めていなかったが、うっすらと目が合ったことだけは覚えている。
しかし何故だ。
まず、あんな暗い、何も無いところでじっと座っていたことが変だ。
しかも、わたしは視線を感じてそちらに目を向けた。あの人はまるで私を待ち続けていたかのようにじっとこちらを見続けていたようにも感じる。
さらに言うと、目線の高さ的にも、勝手に座っていたと思っていたが、本当にそうだったのだろうか。思い返せば、あの人の下半身が見えた記憶が無い。ハイビームで走らせてたんだ。それくらいしっかり見えても不思議じゃない。
不気味な事が起こった気がして、身震いがする。
怖くなった私は、握りつぶした柚を鼻に当て、香りを体いっぱいに染み込ませて静かに目を閉じた。