目が覚めると
早苗「……」
翔吾「なんだよ」
早苗「いや、なんでもない。おはよう」
翔吾「おう。ずいぶん寝てたな」
早苗「ああ。なんだか最近眠くてね。仮眠をと思いこうして机につっぷしていた訳なんだが、どうも寝すぎてしまったようだね」
翔吾「ふーん。ま、目え覚ましたんならいい。帰るぞ」
早苗「そうだね。……ふふ」
翔吾「何笑ってんだよ」
早苗「いいや。少しね、さっき目を覚ましたときに見た君の顔を思い出して」
翔吾「顔?」
早苗「ああ。君、そんな顔ができたんだなって少し思っただけさ」
七夕
早苗「ショーゴくん。それなんだい?」
翔吾「笹」
早苗「うん、わかるよ。今日は七夕だからね。でも急に家に持ってこられてもだな。飾るところがないんだが……」
翔吾「安心しろ。花瓶もある」
早苗「う、うん。そうだね。花瓶も用意してあるんだね。いや、でも、こう、僕の机の上はもので溢れかえっているから置くには難しいと思うんだ」
翔吾「あ? 誰がお前の部屋の机の上に飾るって言ったよ」
早苗「え。違うのかい?」
翔吾「つーかお前の父親が笹持って来てくれって言ったんだぞ。リビングに飾るとかなんとかで」
早苗「えっと、君はいつから僕の父と仲良くなったんだい? というか、どうしてそんな話になっているんだい?」
────
子供の頃は七夕飾りをつくって縁側で星を眺めていましたが、今はそんな風流なことを一つもやらなくなりました。
笹を用意するの、思ったより大変なんですよね……。
この道の先に
早苗「なあショーゴくん。ちょっと冒険をしてみないか?」
翔吾「冒険? なんのだよ」
早苗「ほら、この道、僕らはあまり通らないだろう? もっというと、この道をまっすぐいった先に何があるのか、僕らは知らない。だからこの道の先を行ってみないかと言いたいんだ」
翔吾「そういうことならまあいいぜ」
早苗「そうかそうか。じゃあ行こう! 何が待ち構えているんだろうな? 楽しみだ」
翔吾「行き止まりだった気がするんだけどな」
早苗「……待ってくれたまえ。君、行ったことあるような口振りじゃないか。どういうことだ?」
日差し
照りつける陽光は、暑くて痛かった。ジリジリと肌が焼けていくのを感じる。
帰ったらしっかり冷して化粧水をつけなければな。
高宮早苗は顔や腕を真っ赤にさせながらそう思った。肌が露出している部分が、この夏の強い日差しによって日焼けしている。どちらかと言うと、赤くなってヒリヒリするタイプなのでとてもじゃないがやっていられなかった。日焼け止めなんて気休めどころかなんの意味もない。日傘なんて気のきいたののは持っていない。何なら、長袖で動くだなんて言語道断だ。だがそれでも日傘くらいは持ってきておけば良かったと思う。暑い。痛い。なんかもう暑すぎてふらふらしてきた。こんな時間に外へ出るべきではなかった。
「おい。大丈夫かよ」
早苗の隣で黙って歩いていた宮川翔吾がそういって声をかけてきた。早苗が翔吾に目を向けると、汗をかき、やや気だるげな顔でこちらの方を見つめている。いや、ちょっと、大丈夫でない。そう早苗が言うと翔吾が眉を寄せて険しい顔をした。
今はちょうど、コンビニも図書館も入れる店も何もない日当たりの良い大きな病院だけが見える大通りなので、涼めるところがないのだった。
「あと少しでつくんだがな」
「そう、だね。でも、もう歩く気になれないぞ僕は」
「自販機か何かあればちったあマシなんだがな」
あたりを見渡すが、そんなものはなかった。早苗は残念だと力なく笑う。しかし、まさかここまで日差しが強いとは思わなかった。それと自分の体力の無さにも。
「病院にでも入って休ませてもらうか?」
「いや、流石にそれはちょっといやだな。でも、君におぶって貰うのはもっと悪いし……」
そうなるともう、歩くしかないだろう。早苗はややふらつきながらも目的地の古本屋まで歩みを進めようとした。隣の翔吾が無理すんなと声をかけてくる。
「別に苦でもなんでもねえから担いでいく。それでいいだろ」
そういって担がれてしまった。炎天下の中早苗の体と翔吾の体が密着する。いや、暑い。というか熱すぎる。いくら仕方ないとはいえ、夏に密着するものではない。普通にしんどいぞこれは。
「あのーショーゴくん。引きずってくれた方が、僕としてはまだ嬉しいんだが」
「は? 何いってんだよ。引きずる方が危ねえだろうが」
「ああ、うん。そうだよね。ごめん」
結局、担がれたまま古本屋まで連れていかれた。古本屋の店主からは「なんというか、お暑いねえ」とどっちの意味かわからない言葉をありがたく頂いてしまい、早苗は真っ赤になった顔でそうですねと力なく呟いた。
赤い糸
赤い糸がある。
ごく普通の、運命のとかそういう枕詞のない、ただの赤い糸だ。
それを高宮早苗は、どういうわけかすっごいニコニコした顔で、宮川翔吾のところに持ってきた。まるで猫が獲物を捕まえて飼い主に誉めてもらおうとしているように見えた。
「なんだよそれ」
笑顔と赤い糸を交互に見て、翔吾は早苗に話しかける。早苗は、胸をはってよくぞ聞いてくれたとでも言いたげな態度で話し始めた。
「先日、両親と自宅で糸の染色をして遊んでね。見事な色の糸が出来たから持ってきたと言うわけだ」
ごらん、この色。ここまできれいな赤色は売り物以外でみたことないだろう。元は白かったらしい糸をずい、と差し出しながら得意げに早苗は話す。
確かに、これほど綺麗な赤い色を出すのは難しいだろう。食紅を使ったのか草木染めをしたのかはわからないが、思色と呼ばれる赤いその色は、とても鮮やかだった。
「すげえなこりゃ」
翔吾は早苗から糸の束を受け取る。早苗はそうだろうそうだろうと何度も頷いた。
「君のため 茜を取りて 糸染める 糸の色こそ 我が思いなれ」
その歌を聞いて、翔吾は早苗の顔をじっと見た。早苗の頬は鮮やかに、赤い色に染まっていた。
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短歌って難しいですね。