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3/22/2024, 10:00:50 AM

バカみたい(創作)

「ホント、バカみたい···」
 チョコレートでできた努力の結晶を手にしながら、ボソっとつぶやいた。赤い雷が走る空に、今にも雨が降り出しそうだ。本来ならば今頃、アイツが手にしていたはずなのに···。

「ねぇねぇ、飯島さんって東京から来たの?」
 それが、アイツとの最初の会話。入学初日でガチガチに緊張している私に救いの手を差し伸べてくれたのだ。正直、彼は私とは違う世界の人間で、今後あまり関わることのないであろう人種だと一目見て感じたが、帰り際、彼は私に向かって、
「これからよろしく、飯島さん!」
と言って、笑いかけた。その笑顔に私は心を奪われた。まさに恋というものだった。

 その後、私は密かに彼に恋心を抱きながら過ごし、いつの間にかバレンタインデーの時期になっていた。最初は渡すつもりなど毛頭なかったが、唯一好きな人をお互いに知っている友達が渡すと言うので私も渡すことになった。友達のままでももちろんよかったが、一方的に想い続けているのに疲れたという思いも正直あった。だから、決心した。この好機に想いを伝えようと。慣れないお菓子作りに苦戦し、睡魔も次々と襲って来たが、なんとか作り終えることができた。

 アイツはこの日たまたま日直で、放課後に残って日誌を書くことになるだろう。そこに私が行って、チョコを渡すというのが計画だった。いざ、放課後。一度出た教室にわざわざ戻って、扉を開けようとしたそのときだった。中から女子の声が聞こえた。瞬時に手を引いて扉のガラス越しに中を見ると、同じクラスの女の子とアイツが仲良く話していた。放課後に男女2人っきり、すぐに察した。そして、すぐにその場から離れ、トイレに駆け込んだ。あぁ、付き合ってたんだ、あの2人。知らなかった。いや、知らないフリをしていた。よく2人で話しているところを見かけたため、実は付き合ってるんではないかと密かに疑っていたが、その事実を受け入れたくないためそのことから目を背けていた。しかし、バレンタインデーという日に2人っきりでいるところを見てしまっては、疑う余地もなくなった。予想もしていなかったところでその事実を突きつけられ、トイレに駆け込んだ瞬間、涙が溢れてきた。

 よし、帰ろう、私の恋は終わったのだ。今となっては何の意味もなさなくなった塊をカバンにしまい、涙を拭って靴箱へと歩みを進めた。開き直ったつもりでいたがやはり気持ちの整理がつかず、沈んだ気分で靴を履き替えているときだった。
「あれ?飛鳥じゃん。今帰り?」
 後ろから声が聞こえた。アイツだった。最も会いたくない人物と出会ってしまった。できれば無視して帰りたかったが、ここでおかしな反応をしてしまえば不審に思われそうだったので、なんとか平静を装って返事をした。
「うん、そだよ」
「そっか、気を付けてな」
「ありがと。じゃね。部活頑張ってね」
「おう」
 彼に、彼への想いに別れを告げて、そのまま急いで帰ろうとしたが、ふとある考えが頭をよぎった。このチョコを持ち帰ったとき、私はもっと惨めに感じるのではないだろうか。ならば、いっそ今ここで渡してしまえばいいのではないだろうか。そう思ってから行動に移すまで、それほど時間はかからなかった。
「あ、そうだ。いいモンあげるよ」
「え、何、チョコじゃん!もしかして俺のためだったりする?」
「なわけないじゃん!作りすぎただけだから!」
「言ってみただけだよ。ありがとな。チョコ大好きなんだよ」
「そうなんだ。私が丹精込めて作ったやつだから、味わって食べてね!」
「分かったよ。ほんと、ありがとな」
「うん、じゃあ今度こそ帰るね、バイバイ」
「おう、じゃな!」
 本当は素直に渡したかったし、思いを伝えたかったけれど、嘘でもつかなければ渡せなかった。むしろ、あの状況で渡したのはすごいことなのではないだろうか。なぜ渡せたのかは全く分からないが、おそらくもう吹っ切れていたのだろう。よく頑張ったと自分に言い聞かせながら、帰路についた。

 ほんと、バカみたい。嘘ついちゃって。