「生きる意味」
森の木はその葉を全て落とし、湖の水は冷たい氷になりました。冬がやってきたのです。
リムはシベリアという、とても寒い地域で生まれた渡り鳥でした。毎年冬になると、寒さを凌ぐために暖かい地域に移動します。今年生まれたばかりのリムにとっては、初めての大冒険です。しかし、どうやらリムは気乗りしない様子。
「僕もいつか、みんなみたいに空を飛べるようになれるのかな。」
リムは生まれたときからみんなよりも羽が小さく、長い間空を飛ぶことができないのです。
「白鳥なのに、飛ぶことができないなんて…」
リムは必死で空を飛ぶ練習をしていました。力強く大地を蹴って、助走をつけて、羽を大きく動かして…。でも、やっぱり駄目でした。どんなに一生懸命やっても、ものの数秒で体が降下し始めて、地面に叩き落とされてしまうのです。
背中に感じる地面はなんだか冷たくて、リムはいつも泣いてしまいそうになります。リムにとって、飛ぶことは生きる目的であり、それができないのなら消えてなくなってしまってもいいと思えるほどでした。
そんなとき、リムは決まって歌を歌います。リムは歌うことが大好きでした。雲一つない青く広大な空に向かって歌えば、リムの心も自然と晴れていきます。リムは飛べないけれど、空も大好きでした。
そして、ついに南に移動する日がやってきました。仲間たちは白く美しい羽を存分に広げて、次々と飛び立っていきます。見とれている間もなく、リムの番はすぐに回ってきました。
(毎日たくさん練習してきたんだ。きっと大丈夫。)
思いっきり大地を蹴って、
ダダダダダッ__
リムの体は徐々に宙に浮き…
(飛べた!)
と思ったのも束の間、リムの体はいつものように下へ下へ落ちていきました。
どれだけ頑張っても、羽の小さいリムには飛ぶことなど不可能だったのです。
ドスッ__
リムは地面に激しく打ち付けられました。真っ白な羽が宙に舞い、背中がじんじんと痛みます。
(また駄目だった…)
仰向けになったリムの目に飛び込んできたのは、リムが大好きだったあの空。でも、今のリムにはそれがとても憎らしく感じられました。まるで、飛べなかった哀れなリムを笑っているかのようです。リムは悔しくて、悲しくて、寂しくて、涙が溢れました。わんわん声をあげて泣きました。大好きな空も、涙で醜く霞んでいきました。
一体どれくらい経ったのでしょう。気づけば、辺りは暗くなっていました。それに、なんだか体が重いのです。じんわりと暖かさも感じます。視線を下げ、体の上を見ると、そこには小さくて白い何かがいました。
「!?」
驚いて声も出せずにいると、気配を感じたのか、"それ"がむくりと起き上がりました。ぴんと伸びた長い耳と真っ白な毛。
リムの上で寝ていたのは、ウサギだったのです。
「君はだれ?」
リムは恐る恐る尋ねました。
「私はユキウサギのノースよ。はじめまして。」
ノースは優しい声で言いました。
「実は君のことを前から知っているの。いつも湖のほとりで飛ぶ練習をしている白鳥さんでしょう?」
あの場を見られていたのか…!リムはとても恥ずかしくなりました。鳥のくせに飛べないなんて、と馬鹿にされるに決まっている。今朝感じた悔しさがまた、心の中に戻ってきました。しかし、ノースが放った言葉は意外なものでした。
「私、あなたが歌う歌が大好きなの。いつも隠れて聴いていたのよ。」
なんと、リムの歌を褒めたのです。今まで、リムの歌を褒めてくれた仲間はいませんでした。歌う暇があるなら飛ぶ練習をしなさい。そう言われていたのです。
リムが言葉を発せないままでいると、
「あなたは、自分が飛べないことを恥じているみたいだけど、白鳥だから飛ばなきゃいけないなんて、誰が決めたの?あなたはあなたらしく生きるべきだわ。それに、あなたには他のみんなにはない、素晴らしい歌声があるじゃない。あなたは誇るべきよ。」
瞬間、リムの中でずっと凍りついていた何かが解けたような気がしました。ノースの言葉で、ゆっくりと縄がほどかれていくようでした。
「それでね。良かったらなんだけど、これからも側で歌を聴かせてくれないかしら。」
ノースは真っ黒な瞳を輝かせながらそう言いました。
「もちろん。もちろんだよ!」
リムは今までにないくらい嬉しくなって、何度も繰り返し言いました。リムの心に、もう一度青空が戻ってきたのです。
それからリムは、冬の間じゅう歌を歌いました。最初のうちはノースしかいなかったリムの周りには、いつしか、たくさんの動物たちが集まるようになりました。みんな、リムの歌声を聴きに来たのです。大好きな仲間が、僕を認めてくれる。リムにとってはとてつもない幸せでした。
そして木は若々しい葉を取り戻し、湖は美しい水でいっぱいになりました。春が来たのです。
ついに明日、リムの仲間が南から帰ってきます。リムはちっとも怖くなんかありません。久しぶりに会う仲間たちに、こう言うのです。
僕の生きる意味は、歌うことなんだと。