──時に、人の欲望を良い仕組みだと思うかね?
積み重なった硬貨の山に向けて、一枚の硬貨を指で弾く。
弾かれた硬貨は、男の狙い通りに硬貨の山へとぶつかり、その衝撃で幾つもの硬貨がテーブルから落ちていく。
ジャラジャラと音を立てて落ちていく硬貨。
数秒後にはそれも収まり、部屋の中は静寂に包まれるが、その間に、男の問いに答える者は居なかった。
そんな状況に対してか、男は顔に貼り付けられたような笑みを深め、更に言葉を紡ぐ。
──それは生きる為の指針。目的とも言おうか、自身の根本に根付いた欲望を満たす為だけに、人は意識せずとも、自身が生きる手段を選べる。
崩れた落ちた硬貨の山の中から、男は金色に染まった硬貨だけを拾い上げていく。
──しかしそれと同時に、人は欲望を満たす為に自身の生命さえも捧げてしまうことがある。それは何故か?
男は先と同じように、硬貨を指で弾いた。
──それは外部からの攻撃、或いは抵抗による影響が大きい。欲に従って腹を満たそうとする人間に対して、他の動植物は毒を身につけた。
男は興が乗っているのか、口を止めない。
──人の文明が発展する程に、毒は増えた。そしていつか、毒は日常にまで現れるようになった。
──そしてその内の一つが、余裕その物だ。数の差が明確になる程、人は余裕を増し、油断をするようになった。弱者の在り方を忘れてしまった。
──人に残ったのは、欲望だけ。だが欲望は、生きることに余裕が出来る程に、機能しなくなる。
男は弾いた硬貨の上に、丁寧に硬貨を重ねる。
──そうなれば、底無しの沼の完成だ。人は自身を満たそうとする為に、無意味な消費を続ける。
一枚、二枚、三枚、悠々と硬貨を重ねていく男の姿は何処か、懺悔しているようであった。
──ああでもない。こうでもない。自身を満たせずに時間が流れていくことに人の焦りは増え、段々と手段が過剰になっていく。
いずれ、高く積み上がった硬貨は、些細な振動でグラグラと揺れ、不安定な物へとなる。
──欲望を満たそうとする程に、次はこんどこそと感じる程に人は消費を増やした。そして……
男は一枚の硬貨を慎重に、丁寧に硬貨の塔の頂上へと乗せる。
その瞬間。
ジャラジャラと音を立てながら、硬貨はまた崩れていった。
──また、やり直すことになる。或いはそれですら、消費を増やそうとする過程なのかもしれない。
男は溜め息を吐くと、その手を止めた。
──私には、そこまでする理由が分からない……何故、無駄を重ねるのか、分からない。
テーブルの上の崩れた硬貨。
男はそれを睨みつけ、乱雑に払い除ける。
ジャラジャラ、ジャラジャラ、その音が部屋に響く程に、男は顔を顰め……
再度、影が差した硬貨へと、その手を伸ばした。