あの夜、世界の主人公はきっと、君と僕だった。
眠れないと言って外の空気を吸いに出た深夜0時。
庭に佇む人影を見た気がした。
夜の静けさに月の眼差し、全てをその身に集めた君は
眠れぬ僕を夢の世界へ引き込んだ。
「誰も私に会いに来ないと思っていたのに。幸運な人。」
君は月の光を受け、子供のいたずらをしょうがなく許す母のような顔を見せた。
「こんな時間に女性が一人で…、何のご用ですか。」
「目を覚ました場所が、たまたま此処だったのです。」
今思えば、もっとましな言い訳は無いのかと文句の一つでも飛び出すが、あの日は君の輝きに狂わされたのだろう。
納得してしまう自分がいた。
「この月を見れるのもあとわずかなのです。良ければご一緒してくださいませんか?」
少しして、彼女をじっくり観察する余裕ができた。長い黒髪に白いワンピース、整った顔立ち。ただでさえ美人な彼女は、月の祝福を受け、光輝いていた。
「あなたは一体…」
「今晩生を受け、夜明け前に消えゆく者です。」
彼女の言っていることはよく分からなかった。
「次はいつ月を見れるか、分からないのです。もうこのような機会は訪れないかもしれない。」
「…あなたのことは分かりませんが、僕にできることは、何かありませんか?もう一度くらいあなたに会ってみたいです。」
僕は恋をしたのかもしれない。この短時間で、この人に。
「あなたが大切にしてくれれば、もう一度月に会えるかも。もちろん、あなたにも。……そろそろ夜明けですね。」
「それじゃあ、幸運な人、またいつか。会える日が来ることを祈っています。」
僕はそこから意識を失い、気付けば庭で母に揺さぶられ、
家族全員に顔を覗き込まれていた。
何とかごまかして、僕はふと彼女のいた場所を見つめた。
植木鉢に、萎れて下を向いた花を持つ植物が植えてある。
「あら、その花昨日咲いたの!?」
驚く母の声。この植物、確かに昨日の昼ごろは花なんて付けていなかった。
「この花、名前は?」
「この花はね、月下美人って言って次にいつ咲くか分からないの。それに、咲くのは夜だけだし、夜明け前には萎んじゃうの。ここに植えてる月下美人は、今まで一度も咲いたことが無かったのよ。見たかったなあ。」
月下美人。
まるで彼女を表した名をもつその花に、待っている彼女に、月と僕の顔を再び見せよう。
密かな決意と祈りが、あの夜の主人公を包む。