「別れ際に」
散々喋ったあとで
静かになった
あなたとの帰り道
先をのんびり歩くあなたの後ろ姿
空に満月ののぼる頃
真っ白に輝く月に
あなたの姿が照らされて
(ほら、今だよ)と月が云う
つぶやくように
できれば聞こえませんようにと
半ば祈るように
「あの、明日も……」
消え入るように口にすれば
その声に振り返るあなた
まるで決まっていたかのように
まるであたりまえのように
笑顔であなたってば
「うん。会おうか」
一番大事でいちばん大切な言葉は
別れ際にしか口にできない
「別れ際」
「通り雨」
あなたと別れて
反対方向に歩き出す。
まだ一緒にいたかった
ずっと一緒に生きていたかった。
幸せに どうぞ。
振り返りたい気持ちを
息を止めて堪えて
こらえて、視界がどんどんにじむ
どうか、雨よ
あなたに知られないよう
私の頬にだけ
あなたに気づかれないよう
私の頬にだけ
どうか、雨よ。
どうか、今だけ。
「通り雨」
「声が聞こえる」
目をこらせば
耳をすませば
わたしのからだ 自分を手放せば
ただ ただ 地球に寄せてみれば
木々の聲の
地中で眠る蝉の蛹の
鳴かぬ蛍の 怯える蛇の
じっとこちらを見る梟の
見上げれば 地球を見守る星の
私を凍えさせる月の
瞬きをして涙を流す星の
胸に刺さる明日の太陽の
すべての 声が聞こえる
聲が きこえる
「声が聞こえる」
「大事にしたい」
ほんとうにだいじにしたいものは
だれにもいわない
こころのなかだけで くりかえす
それだけでほんわりと灯りを含み
それだけでじんわりと私を温める
わたしひとりの秘密
そうでないと
こわれてしまいそうだから
「大事にしたい」
「夜明け前」
私を取り巻く何もかも
すべてが私に背を向けて
すべてが私を排除して
泣いても喚いても誰も応えてくれはしない。
真っ暗な夜だと思っていたのに
暗闇の中で初めて見える
小さな小さな星のようなあなた
そのあなたに気づいてから
私は下を向かずに
上を向いて歩くようになった。
あなたを目指してあるき続けて
人々の嘲笑が気にならなくなった頃
東の空がぼんやりと
山々の稜線を映し出す。
このほしは山や海や平野や湖、
様々なものに溢れていると。
ようやく訪れるだろう
そう いまが私の 夜明け前
「夜明け前」