NoName

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6/3/2023, 5:47:29 PM






きっと私は
輝いてる星を見たら彼に聞きたくなるんだろう



“ この星はなに? ”



恋愛はトラウマを植え付けたもの勝ち
まさにその通りだ


連絡を取り合って同じタイミングで星を見上げたり
同じ星の写真を送りあった日もあったね
あれは間違いなく、他の何にも変え難い
私にとっての 永遠のような一瞬だった




そこから色々なことがあったけど
あなたを好きになってよかったよ


見る目ないって言われたけど
あなたを好きになった自分の事は
嫌いになれそうにもないから



出会えてよかった
幸せな瞬間を沢山ありがとう



だからお願い
素直に幸せになってほしいって思うから
今の彼女さんを大切にしてあげて
ふらふらしないで




神様どうか
この恋を失う勇気を私にください






“ 月が綺麗だね ”

そう伝えたくなる人が、いつか現れることを願って

6/1/2023, 7:05:57 AM




嫌いだ、って思った
私の”好き”を雑に扱われた気がして
この人のことを想い続けても幸せになれない
そう思ったから、もう辞めにしたかった



大人になるにつれて
人を嫌うという感覚がなくなったように思う
許容できない部分があれば
その人から距離を置くようにしている
嫌いとは思わない
良い部分も知っているし
してもらったことも沢山ある
今まで関わってきた時間がある



そういう感覚で生きてるから
やっぱり私は
簡単に人を嫌いになんてなれないんだと思う



あの子のことも結局
嫌いになって、忘れて、次にいきたかっただけ
嫌いになんてなっていない
思い出すのは良いことばかり
思い出しても嫌な気持ちにならない



だからたぶん、会ってしまえば
私は何も言えないと思う
どんなことをされても、言われても
嫌いになりきれないと思うから



会いたいですって言われて
少しでも嬉しいと感じてしまった私も
彼女以外の人に言ってしまう君も
最低で、腐ってるよ



寝る前に彼のことを思い出さなくなる日が
いつかちゃんと、きますように













梅雨は別に好きじゃないけど
どことなく今の私に似てる気がした
だからどこか、安心してるのかもしれない

5/23/2023, 7:36:26 AM







仕事を辞めて3ヶ月ほど経った
やりたいことを理由に辞めたのだけど
いざやろうと思ったら思っていたのと違ったり
そもそも私は本当にそれがやりたかったのか
自分自身のことがわからなくなって 途方に暮れている





会社を辞められたら
もう何でもよかったのかもしれないな





それでも会社の人とプライベートで会えば
近況は当然の如く聞かれるし
私は“何もしてない”を繰り返し答えるだけ


やりたいことがあればそれは素晴らしいことだし
それが大きくても小さくても
自分の中にあるなら挑戦するべきだと思う


まわりにやりたいことがあると伝えてしまっているし
自分の中にももちろんそれはあるのだけど
別に気が迷ったなら 無理にそれをする必要はないよな


なんだよやってないのかよって
まわりには思われるかもしれないけど
自分の人生だし


ずっと家にいてダラダラする毎日で
やる気がどこかへ飛んでいってしまっているし


明日からこれしようあれしようって
プラン考えるけど
夜寝れなくて昼まで寝て起きたら
もうその日のやる気はでてこないんだから困る


今日が昨日になって
明日が今日になって
それが人生になる


どこかで区切りをつけたくて
それがうまくできないでいたけれど


昨日へとさよならをすることで
明日がくることに期待をもてるのかもしれない


うまく生きれなくていい
うまく生きようとしなくていい


今日感じていたことは
明日になればまた別のことにかわるかもしれない
今日思っていても
明日になればもう何とも思ってないかもしれない


でも、それはそれでいいと思う


その日何を感じて 何を思って生きたのか
その日の自分が大事にすればいい


何かに気遣ったり見栄を張っても
自分が自分の人生を生きることにかわりはなくて


自分のしたいように 生きたいように
自分のペースでいこうと思う






【 昨日へのさよなら、明日との出会い 】

5/22/2023, 8:27:12 AM




透明な水って、何にでも染まれる気がするし
逆に何にも染まらない気もする。


そこに何かを足せば
きっと一瞬で透明な水ではなくなる。


なんだろうな、本質 みたいなものなのかな。


例えば何かを足して透明な水ではなくなっても
元は透明な水であることに変わりはないし
それによって別の何かに変わっても
本質が透明の水であることは変わることのない事実だと私は思う。


誰かや何かを一括りするには
少しばかりつまらないような気がする。


見る側と、見られる側
伝える側と、聞き入れる側
渡す側と、受け取る側


自分に良いように考える事は悪い事ばかりじゃない。


時にそれは自分を守る行為にもなる。


でもたまには、相手側の立場になってみて
そうすることで気付けることがきっとあって
考え方や見方が変わることもあると思うから。


まあわかっていても、
それが中々できない時もあるんだけどね。


話が脱線してしまったけど
透明な水は人間にも例えられると思う。


元はみんな透明な状態なのに
生まれ育った場所や環境、関わる人達によって
良くも悪くも透明ではなくなっていく。


誰が良いとか悪いとかではなくて
良いところも悪いところもみんなあるものだから。


もう少し深く考えてみようか。


透明な水が入ったコップが5つあったとしよう。


5つとも全く同じだと言える?


私はそうは思わない。


入っているものは同じでも
5つにわけられた時点でそれはもう別物だと捉える。


もしかしたら1つは誰かが飲む為に
もしかしたら1つは何かの作業で使う為に
あとの3つも各々の目的があるのかもしれない。


考え出すとキリがないから、もうやめておこう。


1つ以上存在する時点で
全く同じものではないと思うのだ。


それぞれの本質が必ずあって、
それに気付くことができれば
私達はもう少し平和に生きられるのかな なんて
こんな平日の夕方に考える事でもないのだろうけど。


歳を重ねるにつれて凝り固まっていきそうな思考を
柔軟に解していきたいと思う。


考え方や捉え方、見方なんて沢山ある。


それをずっと忘れないでいたい。





【 透明な水 】