小絲さなこ

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3/6/2024, 3:41:23 PM

「箱庭」



勘当同然で故郷を離れたから、帰省どころか連絡も取ってない。

成り行きで連絡先を交換した同級生とはメールのやり取りを数回したが、いつの間にか自然消滅。

職場は仕事をする場所で、それ以上でもそれ以下でもないから、上辺だけの付き合いで充分だ。

彼氏なんて、正直言って面倒だからいらないし、人生のプランに結婚の文字もない。
そもそも、血の繋がっている人たちですら、うまく付き合えなかったのだ。赤の他人と一緒に暮らすなんて想像出来ない。



「マイカ!来てたんだ」
「うん。有給取れたし」
「整理番号何番?」
「マジで?リッカと連番だよ!」
「え、そうなの?」

推しのライブ会場でだけ会う仲間とは、この関係がずっと続けば良いと思ってる。

彼女たちとは推しがデビューした頃に知り合った。
共に歌い、踊り、泣いて笑って、何年もの付き合いなのに、本名は知らないし、年齢も知らない。
知っているのは、SNS上での名前と、住んでいる都道府県、有給を取りやすい職場かどうかくらい。

推しがいないと成り立たない関係。

だけど、私にはこれくらいがちょうど良い。



そう、思っていたのに。


推しが辞めて数年経っても、私たちはSNSでゆるく繋がっている。



推しがくれたもの。
若かりし頃の煌めいた日々と、細く長く続く関係。



────絆

3/5/2024, 2:21:09 PM


「ふるえる唇」



「……まだかよ」
「もうちょっと、待って」

幼馴染だし、俺の部屋でふたりきりで今さら緊張するなんて、おかしな話だと思う。

付き合い始めて半年。俺の誕生日。
「なんでも言うこときくよ」と言った君。

俺だから良かったものの……そんな台詞、他の男には絶対言うなよ。


君は何度目かの深呼吸をした。
緊張がこちらにも伝わってくる。
告白も、彼氏彼女の関係になってから手を繋ぐのも俺からだった。
もちろん、キスも。

ただの幼馴染だった頃には、気安く俺に触れてきたのに、この関係になってから、君は自分から積極的に触れてこない。
恥ずかしいと思っているのは、わかる。
俺だって恥ずかしいんだよ!

だから、俺からのリクエストは「キスして欲しい」だ。


大きく息を吐いた君の手が、俺の手を握る。
うう。もどかしい。かわいい。そんなに緊張してるなんて。どうしてくれよう。
いやいや、我慢だ俺!
いくら焦ったいからって、動くなよ、俺!


────たまには

3/4/2024, 9:03:23 PM

「告げる三文字」



あの頃は、何の躊躇いもなく素直に言えたのに。
いつの頃からだろう。
心にもないことを言うようになったのは。

俺が目を逸らすのは、君があまりにも可愛いから。
でも、胸の奥の痛みもあたたかさも、視線を逸らすだけでは消えてくれない。


「ただの幼馴染だって言ってるでしょ!」
俺たちの仲を揶揄われて、君は声を荒げる。
目が合った俺から顔を背ける君。耳が赤い。

もしかしたら、君も俺のことを……?
いや、さすがにそれは自惚れ過ぎか。


春からは別々の道に進む。
だから、覚悟を決めた。

ずっと大切にしてきたこの気持ちを、たった三文字に込める。



────大好きな君に

3/3/2024, 12:31:49 PM


「ひなあられを買って」





「そっか。今日ひなまつりか〜。ねぇ、ひなあられ食べたい?」

スーパーの店頭。
桃色を基調とした可愛らしいパッケージを指し、ふたりの子供に問いかける女性がいた。

「女の子のお祭りだから、うちには関係ないでしょー!」
小学校低学年くらいの男の子は、そう言うと「こっちの方がいい」と、たけのこのモチーフのチョコレート菓子を手に取っている。


「ひなまつりって〜ひなまつりってぇ〜女の子のおまつり?」
隣にいる男の子が大きな声を出した。顔立ちが似ているので兄弟だろう。

「そうだよ」
得意気に答えるお兄ちゃん。

「ふーん。じゃあ、ママのおまつりだね!」
そう言って「ひなあられ買って〜」と、手を伸ばす弟くん。

思わずふたりのママを見てしまった。



品出し中、こんな光景を見るなんて思わなかったな。

今日は早番。
ひなあられを買って、隣町で暮らす母に会いに行こう。


────ひなまつり


 

3/3/2024, 3:32:54 AM

「junction」



物心ついた頃には、君が隣にいた。

見つけた目標。人生設計。
なにもかもが、ずっと君と一緒にいることを前提としている。


自分自身がわからなくなった時でさえ、変わらずに君はそばにいてくれた。

このあたたかさをずっと守りたい、そう思ったから、自分が何をするべきか本気で考えることができたんだよ。



うっすらと積もった雪は、十時過ぎにはもう溶けていた。
今シーズン最後の雪かもしれない。


正直言うと、離れたくない。
春にならなければいいのに。
このまま君を連れてどこかへ行けたらいいのに。
だけどそれではハッピーエンドにならない。

ふたりで決めた覚悟はひとつだけ。


目標を達成するための六年間が始まろうとしている。



────たったひとつの希望

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