「箱庭」
勘当同然で故郷を離れたから、帰省どころか連絡も取ってない。
成り行きで連絡先を交換した同級生とはメールのやり取りを数回したが、いつの間にか自然消滅。
職場は仕事をする場所で、それ以上でもそれ以下でもないから、上辺だけの付き合いで充分だ。
彼氏なんて、正直言って面倒だからいらないし、人生のプランに結婚の文字もない。
そもそも、血の繋がっている人たちですら、うまく付き合えなかったのだ。赤の他人と一緒に暮らすなんて想像出来ない。
「マイカ!来てたんだ」
「うん。有給取れたし」
「整理番号何番?」
「マジで?リッカと連番だよ!」
「え、そうなの?」
推しのライブ会場でだけ会う仲間とは、この関係がずっと続けば良いと思ってる。
彼女たちとは推しがデビューした頃に知り合った。
共に歌い、踊り、泣いて笑って、何年もの付き合いなのに、本名は知らないし、年齢も知らない。
知っているのは、SNS上での名前と、住んでいる都道府県、有給を取りやすい職場かどうかくらい。
推しがいないと成り立たない関係。
だけど、私にはこれくらいがちょうど良い。
そう、思っていたのに。
推しが辞めて数年経っても、私たちはSNSでゆるく繋がっている。
推しがくれたもの。
若かりし頃の煌めいた日々と、細く長く続く関係。
────絆
「ふるえる唇」
「……まだかよ」
「もうちょっと、待って」
幼馴染だし、俺の部屋でふたりきりで今さら緊張するなんて、おかしな話だと思う。
付き合い始めて半年。俺の誕生日。
「なんでも言うこときくよ」と言った君。
俺だから良かったものの……そんな台詞、他の男には絶対言うなよ。
君は何度目かの深呼吸をした。
緊張がこちらにも伝わってくる。
告白も、彼氏彼女の関係になってから手を繋ぐのも俺からだった。
もちろん、キスも。
ただの幼馴染だった頃には、気安く俺に触れてきたのに、この関係になってから、君は自分から積極的に触れてこない。
恥ずかしいと思っているのは、わかる。
俺だって恥ずかしいんだよ!
だから、俺からのリクエストは「キスして欲しい」だ。
大きく息を吐いた君の手が、俺の手を握る。
うう。もどかしい。かわいい。そんなに緊張してるなんて。どうしてくれよう。
いやいや、我慢だ俺!
いくら焦ったいからって、動くなよ、俺!
────たまには
「告げる三文字」
あの頃は、何の躊躇いもなく素直に言えたのに。
いつの頃からだろう。
心にもないことを言うようになったのは。
俺が目を逸らすのは、君があまりにも可愛いから。
でも、胸の奥の痛みもあたたかさも、視線を逸らすだけでは消えてくれない。
「ただの幼馴染だって言ってるでしょ!」
俺たちの仲を揶揄われて、君は声を荒げる。
目が合った俺から顔を背ける君。耳が赤い。
もしかしたら、君も俺のことを……?
いや、さすがにそれは自惚れ過ぎか。
春からは別々の道に進む。
だから、覚悟を決めた。
ずっと大切にしてきたこの気持ちを、たった三文字に込める。
────大好きな君に
「ひなあられを買って」
「そっか。今日ひなまつりか〜。ねぇ、ひなあられ食べたい?」
スーパーの店頭。
桃色を基調とした可愛らしいパッケージを指し、ふたりの子供に問いかける女性がいた。
「女の子のお祭りだから、うちには関係ないでしょー!」
小学校低学年くらいの男の子は、そう言うと「こっちの方がいい」と、たけのこのモチーフのチョコレート菓子を手に取っている。
「ひなまつりって〜ひなまつりってぇ〜女の子のおまつり?」
隣にいる男の子が大きな声を出した。顔立ちが似ているので兄弟だろう。
「そうだよ」
得意気に答えるお兄ちゃん。
「ふーん。じゃあ、ママのおまつりだね!」
そう言って「ひなあられ買って〜」と、手を伸ばす弟くん。
思わずふたりのママを見てしまった。
品出し中、こんな光景を見るなんて思わなかったな。
今日は早番。
ひなあられを買って、隣町で暮らす母に会いに行こう。
────ひなまつり
「junction」
物心ついた頃には、君が隣にいた。
見つけた目標。人生設計。
なにもかもが、ずっと君と一緒にいることを前提としている。
自分自身がわからなくなった時でさえ、変わらずに君はそばにいてくれた。
このあたたかさをずっと守りたい、そう思ったから、自分が何をするべきか本気で考えることができたんだよ。
うっすらと積もった雪は、十時過ぎにはもう溶けていた。
今シーズン最後の雪かもしれない。
正直言うと、離れたくない。
春にならなければいいのに。
このまま君を連れてどこかへ行けたらいいのに。
だけどそれではハッピーエンドにならない。
ふたりで決めた覚悟はひとつだけ。
目標を達成するための六年間が始まろうとしている。
────たったひとつの希望