あなたが直してくれた服
流れる線は 血管のように
結び目は 願うように
愛情を感じるやさしい糸
[糸]
夜空に浮かぶ月を見る
イヤホンから流れるは好きなバンドの曲
馬鹿みたいにデカい言葉で
願いや訴えを叫ぶその声を
鬱々とした毎日を過ごす私は
どこか冷めた目を向けている
それでも、
ただの騒音になりかねないこの思いを
私は信じたくて
今日もまた、月を見上げる
矛盾した感情が籠ってる
まさに人間らしい人間が
救いを求めるように
夜空へそっと 手を伸ばす
[届かないのに]
何か嫌なことがあったような気がする
思い出そうとしても
地図が狂ったように
目的地に辿り着けない
薄汚れた手の中の地図は
その手でくしゃくしゃにして
自分の涙で濡らした
気が済んだように綺麗な夕暮れ
もう二度と戻れない場所
[記憶の地図]
頭がぼんやりと痛い。
それは仕事で9時間近くパソコンとにらめっこをしているからだろうか。
それとも、今日の気圧のせいだろうか。
或いは、連日夢中になってるソシャゲのせいか。
…昨晩、推しキャラの為に周回してたイベント、ランキング入りまであと少しだったなぁ……
「おい、休憩入っていいぞー。」
仕事に関係ないことを考えていたのを見透かすように上司が指示を出す。
私の手持ち時間は60分。
最初の20分で昼食を済ませ、残り40分は会社の外を歩き回る。
なんせ座り仕事なもんで、腰が痛いのだ。
今日は雨なので外に出るのは億劫だったが、腹に背は変えられない。
コンビニ傘を差していつもの通りをゆく。
ぽつ ぽつ ではなくボタボタと大粒の雨が私に降り注ぐ。
バイパス沿いを歩く私なぞ目もくれずせわしなく車は走っている。
こんな雨の中、平日に、あんなにスピードを出して、
何処へ行くのかな?
急病で病院へ飛ばしているのかな。
病院と言えば、眼科に行かなきゃな。
雨の音が心地よいノイズとなって、色んな考えが頭の中でぐるぐると渦巻く。
小さなどうでもいいことから、脳が支配されるほど不安になることまで。
こんな小さな人間が、あなたの知らないところで雨音に包まれながら様々なことを考えている。
[雨音に包まれて]
高三の冬。
数ヶ月ぶりに同じクラスの佐藤くんが学校に来た。
グループディスカッションで話したことがあったような、なかったような…
そんな曖昧な距離感のまま、卒業を目前にして彼はふいに教室に姿を見せた。
「どうして今?」
「勉強、ついていけるのかな?」
「また行こうって思えた理由は?」
一限の授業中、私はずっとそんなことばかりを考えていた。
けれど、私は飽き性なので一限が終わるころには、もう別のことを考えているのである。
昼休み、食堂の窓から佐藤くんが校門を出るのが見えた。
私の通う学校は、工夫をすれば四限で帰れる仕組みがある。
とはいえ、高三の冬に四限で帰る人なんて、ほとんどいないのに…
「佐藤くんは……帰るんだ。」
私は、いつもの友達グループを抜け出した。
強固な絆(笑)でがんじがらめの居場所をすり抜けて、
午後の授業をすっぽかし、佐藤くんの後を追った。
「偶然だね!」
明らかに嘘だと分かる口調で話しかけた。
傍から見れば、完全に不審者である。
けれど、佐藤くんは驚きながらも、私の「一緒に帰ろう?」にすんなりと頷いた。
学校の正門を出て、歩道を並んで歩いた。
最初の交差点まで、会話はなかった。
焦る私は、いくつも話題を探しては飲み込んで、ついに意を決して声を出す。
「学校、久しぶりだよね、」
「うん。……なんか、行こっかなって。」
佐藤くんの横顔は、まっすぐだった。
明るくもなく、暗くもなく、ただ、まっすぐだった。
それだけの答えに、私はなぜか安心してしまった。
無視されてもおかしくない質問に答えてもらえて、嬉しくなった私は質問を続ける。
「なんで今日だったの?」
「特に理由はないんだけどね……朝、目が覚めて。空が明るかったんだ。あったかくてさ。それで、今日は、行ってもいいかな…って思った。」
そう言って、佐藤くんは少し笑った。
その笑顔は、何かを諦めているようで、でも何かを信じているようでもあった。
私の中にあった「こうすべき」「こうするものだ」という常識みたいなものが、そのやわらかな言葉によって、優しく否定された。
その頃にはもう佐藤くんのペースに呑まれていた。
とっくに帰るための分かれ道を過ぎていたことに気付かず、私はとうとう佐藤くんの家の前まで来てしまった。
それを咎めることなく、佐藤くんは「お茶でも飲んでいきなよ」と大人な対応を見せた。
「お邪魔します」
佐藤くんの家は、平屋の和風建築だった。
玄関の壁には季節の押し花と、小さい子が描いたであろう『おかあさん』の絵が飾られている。
「お兄ちゃん、おかえり!」
元気な声と共に飛び出してきたのは、佐藤くんの兄弟だろうか。歳の近い子から、小学校低学年位の子まで沢山いる。
「あら、クラスの子?よく来てくれたわね。いらっしゃい。」
後ろから現れたのは、柔らかい雰囲気のお母さんだった。
佐藤くんと同じ、控えめだけど穏やかな笑顔で、私の目を見て挨拶してくれた。
家の中は、どこか懐かしい匂いがした。
ちゃぶ台の上に置かれた湯呑みからは、ほうじ茶の香り。
わざわざ茶葉から淹れてくれたらしい。
佐藤くんが居なかった間の学校での出来事を話したり、苦手だという理科を教えてあげたり、
しばらくして、下の子たちと庭で遊んだりした。
やがて日が沈み始め、走り回る私たちの影を伸ばす。
子どもたちの「もっかい!」という声に応えて鬼ごっこをしていた私も、気づけば息を切らしていた。
ふと立ち止まり、家の縁側に座る佐藤くんの方を振り返ると、彼はぼんやりと空を見上げていた。
夕暮れの光が、佐藤くんの髪に触れて輝いている。
「どうしたの?」と声をかけようとしたがやめた。
私は彼がどうして「休む」のか理由を聞くのは野暮だと思い始めていたからだ。
まっすぐで、飾らなくて、静かで、
でもその奥には、ちゃんとあたたかさがある。
ちゃんと、自分のリズムで歩いている。
そんな佐藤くんは、私と正反対だった。
私は毎日、誰かの目を気にして、流れに乗ることに慣れてしまっていた。
決められた道を「正しい」ものとして進むことが、当たり前だと思っていた。
でも、今日の彼を見ていると、それがすべてじゃないと思えてしまった。
疲れたら立ち止まる。休憩する。
そして自分のタイミングで、また歩き出すことだって
それはそれで、ちゃんと意味のあることなんだと。
夕陽が、ちゃぶ台の湯呑みを赤く照らしている。
子どもたちの声も、母親の笑い声も、どこか遠くで響いていた。
私が今いるこの場所がまるごと「美しい」と思った。
それは庭の景色や、暖かい家族の空気ではなく
''佐藤くん''という人が、そこにいることそのものが、だった。
教えてくれてありがとう。
私と正反対で、美しい彼へ。
[美しい]