そこには何でも相談に乗ってくれる家族がいる。
頼れる仲間・親友がいる。
自分に好意を寄せてくれる容姿の良く、想い想われる恋人がいる。
自分の人生では使い切れない財産がある。
果たしたい夢や理想のために活動できる。
誰かのために愛し、愛される空間が広がっている。
それがもう1人の自分であった者の世界だ。
ふと見上げた彼方には放心させるほどの青に目を奪われる。石の階段に座り、水滴にまみれた瓶を持ち上げ、甘ったるい炭酸が喉を潤す。
その拍子に目の隅に映る先輩の笑顔。
隣には先輩の彼氏。
(すげぇよな。何の非もない顔をして、未来を考えずに今を生きていられてさ。こちとら、どうやって笑ってくれるだろうかだとか、隣に立つ資格はあるのかってのを考えて……まあ、知ってるさ。負け惜しみってやつだ負け犬の言い訳に過ぎん訳だしな)
砂浜を歩く2人を影法師でさえ幸せそうに揺らめく。
それをただ見つめること1分程。
誰かが駆け寄るサンダルの音が響く。
「お兄、もう行くって」
「そか。お前はどっちに付いてくの?」
「もち、お母さん。お兄もでしょ」
「言わずもがな」
よっこいしょの掛け声と共に立ち上がり、身体に付いた砂を払う。まだ飲みかけの夏の風物詩をゴミ箱に捨て、妹と共に新しい家へと帰路につこうと向かい始める。
「お母さんはあんなどうしようもないのを好きになっちゃったんだろうね。私はもっとイケメンで優しくて、怒鳴り散らさない人を選ぶね。きっと」
「そうだな。そういう人を選べるといいな」
「お兄は好きな人いないの?」
「俺は……一度もないかな」
「あの可愛い人はどう?」
「付き合っている人がいるだろ」
「仮に居なかったら?」
「もう……好みじゃないかな」
「我儘じゃん、そんなお兄にも誰か運命の人に会えるといいね!」
妹の学校での他愛のない話を聞き、とりあえず笑い合う。妹の頭を撫で、片方の目から涙が零れる。
(どうか、お前は気づかずに幸せになれな)
最後にラムネ瓶を捨てたゴミ箱を振り返り、踵を返した後もう二度と振り返ることは無かった。