『無垢』
お前が持ってきた酒を飲む約束をしていた、というのはあいつの嘘だ。
だが、みんなで飲み比べをしたことは覚えている。
美味いものを食べ、幸せを分かち合う。
出会った頃から私達はそうしてきた。
実のところ私はあまり酒は飲まない。
だが、嫌いではない。
美味い酒なら交わしたい。
初夏に出会い、冬に別れ、こうして初夏にまた出会う。
だから次は、お前とも無垢の酒を飲んでみたい。
今度は私が持っていこう。
『終わりなき旅』
適当に話を合わせて、適当に遊んで、適当に喜ばせておけば飽きて終わる
終わりがないってことはない
そんな気分にはなるけどな
終わりを迎えたのなら、もう一度やり直せばいい
どうせとっくに壊れてる
『「ごめんね」』
謝ることが多すぎると何を謝るんだかわからなくて何も謝れなくなるのかもね。頭の中でずっとごめんごめんって叫んでるとき、実は一度も言葉にはなってないことに気づかなかったりする。いろんな理由で言葉にしない小さなごめんが積み重なって、胸いっぱいに広がった罪悪感や悲壮感で苦しくって辛くって。とにかく君から逃れたいんだ、こんな気持ちでいたくないんだって、自分の中の苦い苦い感情を味わうので精一杯ですって顔してたりする。
そんな顔見せられてたら、諦めるしかないし忘れるしかないし。そうじゃなければ、普通は怒るし、険悪になるし、どんどん嫌いが進んで、お互いの嫌なところばっかり拾い合うようになる。そのうち、ああ、もう、いいや、こんな奴に謝らなくってって関係になる。
だからひとまず、そうなる前に。
『半袖』
何故着ないのかと問われたら、
単純に、訳ありだ。
もちろん、暑い。
『天国と地獄』
歌劇だな
音楽家の妻を神が取り合う物語だ
劇中で冥界に閉じ込められるのは妻の方だ
しかし、わたしが知っている物語では音楽家の方が閉じ込められた
女が助けないから音楽家は泣き続ける
悲しい気持ちを歌にして地上の女を呼び続ける
鬱陶しい歌なんだが最後の審判を待つ魂で溢れた冥界では唯一の癒やしだ
じめじめとした歌は続き神々さえも同情した
男が昼夜を問わず呼び続けるから女はやがて衰弱する
結局男は女に捨てられ、女は地上で別の男と生きていく
つまり、男が捨てられた話を聞かされただけだった