「なぁ詩乃、花って知ってるか?」
「何急に。聞いたことはあるけど」
「人間が地上で生きられてた時代にな。ほら海には水があって、空に光があった時代や。植物は花を咲かせてたらしい。花ってやつはな、色がたっくさんあって、綺麗やったらしいわ」
「色?色なんて白と黒あればいいんじゃないの」
「うん。白とか黒じゃなくて。色にもたくさん種類があってん」
「ふーん」
「でな。その時代には桃色、菖蒲色、菫色、山吹色。花の名前のついた色があって。なんや想像つかんけど、たくさん色がある世界は綺麗やったやろうな」
「生きてる内に花、見てみたいなぁ」
【花咲いて】
三つ編みを垂らしたおじさんが、四つん這いになっている。
ピンク色のパンツを履き、ゴムの部分には中肉がのっている。
「これ、ですか?」
「はい。こちらにお座りになって、安全ベルトを締めてください」
女性は私におじさんの黒々とした三つ編みを手に持たせる。
わたしはそれを腰に巻き付ける。
おじさんが少し嫌がった顔をした。
「すみません。こう、ですか?」
「ええ、合っていますよ」
「……え、あ、あのタイムマシンって。シートがあって、電波塔みたいなんが立ってて…あ、それ違う? それはドラえもんですか。ほら、車型のデロリアン…あそれ違う?それはバックトゥザ・フューチャーか。空想の話ですよね」
女性は嗜めるように私を見る。
「行きますよ?いいですか?」
「ええ。お願いします」
私は腹を括った。文字通りおじさんの三つ編みで腹は括られているのだが。
私には使命がある。
未来を守るという使命が。
ウィーン、とおじさんが動き出した。
交互に動かしていた四つん這いの足はもう見えないほど早く回転している。
「それでは、未来へ。レッツラゴー」
強い閃光が瞬き、女性の声が遠ざかっていく。
私は、タイムマシンの形ってこれが最適だったんだなぁとそんなことを思っていた。
【もしもタイムマシンがあったなら】
ネックレスがずれた。
正しい位置に直す。
あのネックレス今はどこにあるんだろ。
もうつけていないのに。
【今一番欲しいもの】
ペンの試し書き。
私はいつも私の名前を書く。
ゆうこ
ゆうこ
ゆうこ。
いつも同じものを書いた方が書き心地の違いがわかるそうだ。
ゆうこ
ゆうこ。
中学の時、同じ名前の子と仲良くなった。
みんな、 その子のことをゆうこと呼んだ。
おのずと私は苗字で呼ばれた。
どこにいっちゃったのかな。私の名前。
ゆうこ
ゆうこ
ゆうこ。
見つけてくれるかな。
【私の名前】