眠りにつく前に、やっておかなきゃいけないことって、たくさんありますよね。あなたはどれくらいできていますか?
これができているかどうかで、次の日の自分がまったく変わってしまうってハンミカさんも言っていました。
まずはお風呂に入る。バスルームは身体を浄めるとともに心のリセットもできます。スキンケアはしっかり。忙しくてもシャワーだけではいけません。必ず湯船に浸かること。お湯で身体を満たすことは胎児に戻るリハーサルにもなりますから。
お風呂から上がったら髪を乾かしながら手帳と日記のチェック。この日を振り返ることが明日につながります。一日の行動を振り返って何をしたか、何に感動したか、次は何を目標にするかを思いつく限り書き記しておきましょう。紙でもPCでもなんでも構いません。神様はどんな媒体でもあなたのがんばりを見てくれています。
それから!これがなかなかできないことなの。あなたの大切な家族を思い浮かべながら、通帳、印鑑、保険、銀行口座、家の権利書、公共料金、税金関係、遺言書、諸々すべてが書かれたエンディングノートを、ちゃんと探せば見つかる場所に隠しておくようにしてください。
永い眠りはいつ訪れるかわからないから。
ぜんぶ済んだら、さあ、安心しておやすみなさい。永い永い眠りから覚めた次の日は、バスルームから出た時のように清らかで温かいぬくもりに包まれていることでしょう。
新しいお母さんの手の中で。
C「ねえ、永遠ってどういうことだと思う?」
雑誌コーナーを眺めていたチー太がつぶやく。漫画雑誌の表紙に『永遠にツリーレイン』の文字がきらめく。
B「また哲学かよ。深夜のテンションでやることじゃねぇだろ」
ベー助はいつもの通りダウナーだ。
A「いいね、面白そう。どうせ朝まで長いよ」
あるピーは抽象的な話になるとノリノリだ。
B「てかなんで深夜のコンビニバイトに3人もシフト入れてんだよ。店長アタオカかよ」
A「このあと納品すごいらしいよ。ほら、ハロウィン終わったからもうクリスマス」
C「やだねー、イブの深夜入ったら地獄の人間模様よ。あれ見たらさすがに主に祈りたくなるね」
A「それよりほら、永遠の話。永遠って何?」
B「今だろ。深夜のバイト。暇すぎて永遠に終わらない」
C「言えてる。」
A「よく『永遠の命を手に入れる』みたいな話、あるじゃん」
B「こいつ話聞かねぇな」
C「不老不死の薬みたいなやつね」
A「そうそう不老不死。でも、それこそ星にも寿命があるってわかってきてるじゃない」
C「あー何十億年?それはもう永遠で良くない?さすがに飽きるくない?」
B「火星に移住とかもあるだろ。金持ちなら」
A「星の寿命って恒星ベースで言ってるから。太陽なくなったら太陽系は終わり」
B「なんかこいつオレに厳しくない?」
チー太は無邪気に笑う。
C「だったら、人が思い描く『永遠』は有限ってこと?不老不死でも地球がなくなったらさすがに生きられないよね?」
A「生きてる人間についてはそういうことになるね。いくら不老不死を望んでも、あと数十億年で永遠の命はおしまい」
B「またさっきのユートピアの話か?」
A「そう、不老不死を望んでも人の死は避けられない。だから人は死後の世界を作ったのかもしれないね」
C「あとは、観念的な話だけど『永遠の愛』なんてのもあるよね」
A「そう!まさに永遠の概念は観念とか思念とかの分野でこそ語られるべきものなんだよ」
「おつかれさまでーす」
入り口を見ると店の前に納品トラックが止まっている。ベー助はこの議論をようやく終えられると安堵した。
台車に山積みにされたオリコンとともに配送業者が現れた。
「これがあと20台来ます。今日は大量ですよ」
B「…このクリスマスの棚替え、今から全部やんのか?」
C「こりゃ永遠に終わらないね」
A「なあ、理想郷(ユートピア)って言ったら何を思い浮かべる?」
B「ユートピア?そりゃアレだろ。楽園(エデン)と同じさ。仕事がない、何もしなくてもボーッと暮らせる場所!」
C「そうかな。退屈すぎてつまらないんじゃない?」
B「じゃあお前はなんだよ?」
A「そりゃ酒池肉林!これに限るね」
B「煩悩丸出しだな、周りのことを考えてない」
C「理想だろ?だったら自分だけが永遠に楽しめる世界でいいじゃん。フィクションだし」
A「じゃあ、お前の理想郷に他の人はいないんだな」
B・ C「え?」
A「理想郷は?と聞いたとき、いま一番欲しいものを上げる人は多い。そしてそれを現実と地続きの空間として考える人は少ない。休みが欲しい人は天国、楽園のイメージで『何もしなくていい場所』。自分の欲望が満たされてない人は貴族的な『快楽と淫靡にまみれた世界』」
B「オレたちみたいに?」
A「そう。逆に仕事が楽しくて仕方ない人は『仕事が楽しいからそんなもん要らない』って言ったり、家族が大好きで現実に満たされてる人は『ここが理想郷だよ』なんてことを言う」
C「んーつまり?」
A「『人にはそれぞれ地獄がある』と言った人もいるけど、人にはそれぞれの理想郷があるんだ。そしてみんなそこにはたどり着けないと思っている」
B「まあ理想だからな。理想が現実になったら、もっと上に理想を設定するから?」
A「そう。理想郷は自分が『いま持っていないもの』の象徴だから、そのときどきで変わっていくんだ」
C「ないものねだりなんだね」
A「人それぞれ理想郷が違うってことだけでも知っておきたいよね。その人が何を求めてるかが知れる」
B「それぞれのゴール設定が明確になる、か」
A「そして現実が楽しい人は『理想郷なんか必要ない』って言う。持ってないものを数えないんだ」
C「そんなに達観できないよ」
A「…だからかな。現実を地獄だと思う人が多すぎる」
B「いまの若者に自由やお金がないのは事実だろ」
A「持ってないものに嘆くより、一回持ってるものを数えてみるんだよ。若い人は若さ、年配の人は経験…」
B「虚しくなるだけだ」
C「なんかわかるかも。僕にはこれだけ話せる友達がいる」
A「そうそう、こんなバカ話ができる時間がある」
C「もしかしてここは理想郷?」
B「バーカ。バイト中に何言ってんだ」
…コンビニバイトの夜は長い。
あなたの理想郷は、目の前にあるかもしれません。
「みんな!今日は張り切って行くよー!」
いつにも増して店長が気合の入った号令をかけた。そうか今日はハロウィーン当日だ。この日のために私は【バイト募集】の貼り紙を書いたんだ。おかげでたくさんの新しい仲間が加わった。振り返ればあの羞恥心も懐かしい…。いや、いまだに恨めしい。
「えー、あの貼り紙、ヤマノさんが書いたんですか?あたしアレ見て応募したんですよ!」
仕事前に談笑していたら大学生のフジサキさんから告げられた。ウソだろ。いまどき求人サイトから以外で応募なんかあるんか?
「なんで?家近いの?」
家の近所でバイト探すなんて考えられんけどな。知り合いに絶対見られたくない。
「前のバイト先がこの通りの向こうで、行き帰りで通ってたんです。フインキよさそうなお店だなぁって思ってて」
雰囲気な。いちいち訂正せんけどな大学生。私が面接したら落とすよ。
「同じ駅でバイト鞍替えしたの?」
「クラガエ?前のバイトは辞めてきました。なんかギスギスしてて、こっちの方が楽しそうだったんで」
カジュアルな生き方。うらやましいわ。
「はい!みなさん!今日は仮装してきたお子様たちにお菓子を配りますよ〜」
お店では商品とは別にクッキーやらチョコレートやらを用意していた。ちびっ子たちにお菓子を配る商店街のイベントにこの店も参加している。
「はい一緒に来たお父さんお母さんには、必ずこのクーポン券!50円OFFのクーポン券を渡してください!それでお時間あるようなら中入ってもらって、お買い物もしてもらいましょう」
店長はちゃんと商売人である。川越の地に根ざして30年。Boulangerie Joyeuse(ブーランジェリー ジュワユーズ)は地元で人気のパン屋さんだ。
それだけに、今回のハロウィーンイベントには一つ懸念があった。
「ぶーらんじゅ…じぇ‥り、じゅじゃ、じゅやいーしゅさん、トリックオアトリート!」
この店の前に来た子どもたちのテンションが一様に下がっていく。商店街の決めたルールで、お菓子をもらう子たちは必ずお店の名前を言ってから「トリックオアトリート」と叫ぶことになっていた。街の人にお店に興味を持ってもらいたいという計らいなのだろうが、ウチのお店では裏目に出た。
自分も何度か聞いたことがある。
「店長、このお店の名前、読めないんですけど」
バイト募集の時もつづりを2回間違えた。
今日は店先にデカデカとカタカナで貼り出したが、このフランス語は子どもたちには難易度が高い。言うだけで時間がかかるので、店の前に長蛇の列ができている。それを見て敬遠する親御さんもいる始末だ。
「もういいわ、パン屋さん!パン屋さんでいいから!」
見かねた店長が三度号令をかける。店頭の貼り紙は「ブーランジェリー ジュワユーズ」に横線を2本引いて、その上に「パン屋さん」と書き直された。
それからちびっ子の流れもスムーズになり、なんとか目標の集客も達成しお菓子のカゴも空になった。
閉店後、店長はうなだれていた。さすがに店長自慢の30年の看板も形無しだ。
「フランス語なんだけどね。陽気なパン屋さんって意味なの。でも商店街の方もいつも『パン屋さん』としか言ってくれないのよね。名前、変えようかしら」
バイトの私に言われたぐらいで本気で変えるとは思わないが、ちょっと遊んでみようという気になった。
「普通にベーカリーを入れた方がいいと思うんですよね。フランス語よりまだなじみあるでしょ」
店長は閃いたとばかりに目を大きく開けてこちらを向いた。
「じゃあ!『BAKE 川越 BAKE』は?」
「店長、それだけはやめましょう」
店長はやっぱり陽気なパン屋さんだった。
2024/10/26「友達」のお話のもう一つの物語として
だめだ、昨日のことが頭から離れない。
起き抜けのカフェオレを飲みながら、また昨晩のやりとり思い出していた。寝室は別だから寝る時に顔を合わせることはなかったが、向こうが起きて来たらちゃんと話せるか不安だ。
カナデが急にあんなこと言うもんだから。思わず家族だなんて…。いきなり言って引かれてないか心配だったけど、あいつはやたら喜んでくれたな。
「友達だと思ってる?」って、一緒に住んでて今更なにを言ってるんだと思ったけど、カナデは気になってしまったことは聞かずにはいられない性格なんだよな。ちょっと子どもみたいだ。
日曜日だし、しばらく起きてこないだろう。先に朝食を作っておくか。
…あいつ、家事を私に任せすぎてるって自覚あったんだ。ちょっとからかっただけなんだけどな。かわいかったな。自分は家事全般を楽しんでやれるからなんとも思わない。むしろ一人でいるより世話を焼ける相手がいる方が張り切ってやれる。だからカナデが居てくれるだけで生活にハリが出る。
こういうことも言ってあげた方がいいのかな。ちゃんと言い合うのもルームシェアを続けるには必要なことかも。でも口にするのは恥ずかしいし。
両手を顔に当てて伏せる。また恥ずかしさが込み上げてきた。
んんー、にしても家族は言いすぎたかな。向こうが親友って言うから、なんかこう、負けてられないみたいに思っちゃったんだよな。恥ずかしかったな。
「どうしたの?」
え!?びくっとなって顔を上げる。カナデがあくびしながら立っていた。
「起きるの早いな」
「へへ、朝ごはん作ろうと思って」
カナデも昨日のこと気にしてるのかな。いいのに。
「そっか、じゃあお願いしようかな。カナデの料理、楽しみ」
思ってることは言っておかないと。うん。
「やー!朝ごはんでそんな期待しないで!」
なんだかんだ私より凝った料理を出してくるところがズルいんだよな。ちゃんと器用だし、ちゃんと研究するタイプ。
「ねえ、昨日の話、あれ、お互い忘れない?」
ワンナイト後のカップルみたいな言い回しになってしまった。
「え?やだやだ、なんでそんなこと言うの!せっかくファミリーになったのに!」
こいつ“ファミリー”気に入ってるな。
「パートナーもだいぶ恥ずかしいけどな」
「あ、ひどい!いいじゃん、パートナーでファミリーで、無敵のコンビだよ!」
また熱くなってきた。こいつ全然否定しないじゃん。どんどん恥ずかしくなるだけだ。あっ。
「わかったから。玉子焼き焦げるよ」
「あーもう!ナオのせいだからねー!」
出来上がった玉子焼きはちゃんとおいしかった。