『輝きの墓標』
(二次創作|独自設定アリ|お題:遠い日の記憶)
小さな石碑の前に膝をつき、鎮魂の祈りを捧げる。あの時は雨が降っていたが、今は陽光が燦々と降り注ぐ晴天で、あの時に感じた物悲しさや陰鬱さは微塵も感じなかった。ただ、青々とした葉を茂らせる木々が風に揺すぶられるたび、その木の葉同士の擦れ合う音がまるで潮騒のように聞こえ、それが鼓膜にこびりついて離れないでいる。
「俺、お前さんにここの話なんてしたことあったか?」
安らかにあれと込めた祈りを済ませゆっくり立ち上がったこちらに、同行者であり自分が石碑へ祈りを捧げている間ずっと背後に佇んでいた男、バラッドはそんなひどく訝しむ言葉を投げてきた。
「いや、君の口から直接は聞いていないよ」
「だよなァ。なら、何でお前さんはここを知っているんだ?」
自分よりずっと背が高く体格もいい彼に見下ろされるだけでも威圧感を覚えるのだが、ことその表情が普段より険しいものならなお一層えも言われぬ圧を感じる。
じとりと見下してくるバラッドの目は返答次第では容赦しない、そう無言で訴えてきていた。
「話せば長くなるんだけど、かいつまんで説明するなら、『夢で見た』ってとこかな」
「は、何だそりゃ。俺のこと馬鹿にしてんのか?」
「まさか。至って真面目に話してるよ、僕は」
ぐっと眉根に皺を寄せあからさまに声のトーンを下げた彼に、自分はそう答えるしかない。実際あのときの自分は彼の遠い日の記憶、その一部を夢という形で半ば強制的に共有させられたのだから、他にどう言ってみようもないのだ。
勿論バラッドがこちらの返答に納得するはずがなく――自分が彼の立場なら到底納得出来るものでないのだから、いま彼の心中は推して知るべしなのだ――、シワというよりヒビといっても過言でないほどに眉間を寄せ顕著な不快感を示した彼に、こちらはただ肩を竦めてみせる。
そうして互いにだんまりを決め込んでからどれくらい経ったか、先に根負けしたのはバラッドの方だった。はぁと小さく息をついてから、彼自身も石碑の前に膝をつくと、持ってきていた花束を供えてから祈りを捧げる。そんな彼に場所を譲るみたく、自分は彼の背後へと位置を入れ替えた。
あの日、夢で見た光景そのままの姿が今こうして目の前にある。ただ一つ違うのはその背中がしゃんと伸びている事だ。あの時は彼らしくないほどにその背は小さく丸くなっていたが、今は違う。
「……いつか、」
「うん?」
まっすぐ石碑を見据えたままの彼から不意に聞こえた言葉に、反射的に片言の返事をする。そんなこちらの言葉が届いていたか否かは定かでないが、一度言葉を区切ったバラッドは、しかしすぐに「いつかな、」と言葉を続けた。
「親父やシンシアも一緒に連れて来ようとは、考えてるんだ」
「それはいい考えだ」
「おふくろ、賑やかなのが好きだったからさ。商会のヤツらも見せてやりてェんだ」
「きっと驚くんじゃないかな、あの賑やかさは」
「……かもな」
そこまで言った彼はやおら立ち上がるとこちらの方へ振り返った。
「正直、お前さんがなんでここを知ってるんだとか、そもそもこの石碑がなんであるかもどうして知ってるのか、疑問は尽きねえ」
刹那、強く吹いた夏風にあおられた周囲の樹々が、一斉にザザザザと重苦しい音を立て葉を揺する。
「お前さん、ちっと前に部隊長へ願い出たんだってな。どうしても行かなきゃなんねぇ場所があるから、一旦俺とお前のふたりだけにしてくれって」
「そうだよ」
「ここに来る前、花屋に寄ると言い出したのもアンタだ」
「ああ、間違いない」
「……さっきのは、本気の言葉なんだな」
「言ったろ?説明すれば長くなるって。まぁいつか機会があれば話してあげるよ。正直にいうと僕だってここに来るまでは半信半疑だったからね」
こちらの一字一句、仕草をふくめた何一つ見逃しはしない、そう言った類の鋭い眼差しにこちらも真摯にそう答えれば、そうかと短く呟いたバラッドは続けて、じゃあその日を楽しみにしてるぜ、なんて皮肉を言いつつこちらにかけていた重圧感を解いた。
「その時はキミの母君の話もぜひ聞かせてもらいたいものだね」
「あ?それは……ま、気が向いたら、な」
「フフ、楽しみにしてるよ」
意趣返しと言わんばかりのこちらの言葉に、ホント喰えねえヤツ、とボヤいたバラッドはもう一度だけ石碑――正しくは彼の母親が眠る墓碑なのだが――そちらを振り返ると、あとはまっすぐ前を見て歩き出す。そんな彼の後を追いかけようとした自分も踵を返そうとした足を止め、墓碑に一礼をする。それから石碑に背を向けると、少しだけ先にいるバラッドへ追いつくため歩く速度を早めた。
さわさわと下生えが揺れ、生命がきらきらと輝く深緑の森の片隅に、とある貴族の家に嫁ぎ、年若くして鬼籍に入った女性の墓が、まるで人目から隠れるようにしてあるというのを知っているのは、ごく一部の人間だけだ――。
#空を見上げて心に浮かんだこと
朝露に濡れた朝顔の花に水をやりながら、ふと見上げた空にはまだ夜の残り香のようにうっすらと月が浮かんでいた。
ジョウロでやっている水やりの手を止めて、ぼんやりしたその月を見ていると、そう言えば月のようだと感じた美しい友人は、今どこで何をしているのだろうと不意に気になった。
あとでメールをしてみようか。いや、せっかくだから手紙をしたためてみよう。それだったら便箋を買いに行かなくては。でもどこに行こう。
そうやって、何気なく見上げた空から次々心に浮かんだことは、普段とは変わらない一日に素敵な色をさしてくれたのだった。
#終わりにしよう。
今日君は、僕と君がずっと一緒に過ごしてきたこの家から、愛する人の所へ旅立って行くんだってね。
初めて僕が君に会ったのは、もうすぐ夏休みという時だったとパパさんから聞いたんだ。その時君は僕をみてヒマワリのような笑顔を見せてくれたのを、今でも鮮明に思い出せるんだ。
そんなまだ小さかった君は僕と一緒にグングンと大きくなっていった。短かった髪も長く伸ばして、それが陽射しを反射してキラキラ輝く様子は、まるでどこかの国のお姫様みたいだと思ったんだ。
すっかり大人っぽくなった君は、とかいという遠いところにあるだいがくって場所に行くために、一度この家を離れたんだっけ。そのお別れの夜は僕と君はひとつのベッドで最初で最後の添い寝をしたんだよね。あれは本当に嬉しかったなあ。
そうして君がとかいという場所にいってしまってからいくつも、はるなつあきふゆ、が過ぎて、やっと戻ってきてくれた君のとなりには、もう僕じゃなくて知らないお兄さんが立っていた。
寂しかった。僕の君は知らないお兄さんの君になっちゃったんだもの。すごくすごく寂しかった。でも、君と一緒にきたお兄さんはとてもいい人だってすぐにわかったから、我慢できた。なんでわかったかって?そりゃあパパさんと同じ匂いがしたんだもん、お兄さん。だから大丈夫だって思ったんだ。
そうして迎えた今日、君はそのお兄さんの家族になるために、この家を離れるんだね。それきり戻って来ないんだなって、僕でもわかる。だけど、今回は寂しくも心配もしてないよ。
ううん、違うかな。君のその真っ白なドレス姿を命があるうちに見れてよかった、そんな感謝を神さまにしているんだ。
ああ、ほら泣かないで。今日は君のハレの日じゃないか。だから初めて見せてくれた、あのヒマワリみたいな笑顔をまた見せてくれないかな?ね?僕の大好きだった、きみのあのえがおを、もう一度。
「今日まで生きていてくれてありがとう。もう苦しいのも痛いのも終わりにしようね。お疲れさま――」
手を取り合って
世界に平和をもたらしましょう。
性別、年齢、国籍、なんのその。
手を取り合って、理解し合って、恒久の平和を目指しましょう。
もはやそれって人である意味があるのでしょうか。
人として進化を捨てた先にある平和が、本当に平和なのでしょうか。
そうして、今日も唇では平和を謳いながら自分の手で誰かを傷つけて、私たちは生きている。
優越感、劣等感(二次創作)
自分しか知らない彼を知っているという優越感。だがそれは直ぐに彼自身に対する劣等感にすり替わってしまった。
住む世界が違う存在。彼を太陽と喩えるなら、自分は太陽が落とした影に潜む、地を這う小さな虫だ。誰のものと分からない血肉でこんなに汚れた自分が、今と同じように彼の隣にいていいわけがない。だからわざと嫌われるような言動を繰り返したり、彼と同じ部隊にならないよう旅団長に願い出たのだ。ああ、だと言うのにどうして。
「ったく、そんなこったろうと思ってたぜ。だから先回りして、お前さんが逃げられないようにしたんだよ」
バカがつくほど真っ直ぐで強い光は、影に潜んでいた地を這う小さな虫すらそのあたたかさをもって包み込むというのだろうか。
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自分よりずっと先に旅団にいた男に対する劣等感がなかったかと問われたら、ないとは言いきれないと答えるだろう。自分が知らない男を知っている仲間に無意識で嫉妬していた、それもきっとあったに違いない。
だが行動を共にするにつれ、仲間が知らない男の一面に触れることが出来て、あまつさえ相棒と呼びあえるような仲になれて、劣等感はいつしか優越感に変わっていた。
だから初めは男の言動に変化が出た時、なぜと腹立たしさを覚えた。誰かの隣にいるのもやぶさかでない、そう言った本人がそうなった途端に距離を置こうとするなんて人を馬鹿にしているとしか思えないと、そう思った。
だがそれは直ぐに間違いだと気付いた。男は馬鹿にしているのではなくその逆で、男自身のせいでこちらが不利益を被るんじゃないかと、そんなくだらない思い込みに囚われていたのだ。冗談じゃない。そんな風に見られていたなんて甚だ心外だ。
だから男がとるだろう行動の先回りをして逃げ道を塞ぎつつ布石を打っておいた。そうとも知らずまんまと思惑通りに動いた男は、いるはずのないこちらの姿を認めると瞠目する。そんな男に口角をつり上げつつ、こう言ってやるのだ。
「ったく、そんなこったろうと思ってたぜ。だから先回りして、お前さんが逃げられないようにしたんだよ」