それは、私がもっとも恐れるもの。
やりすぎというほどの計画を練り、万全を期してもその心構えを持つのが私一人では意味のないもの。欲しがる怖いもの知らずもいるもの。
断崖絶壁。後ろには魔物がうじゃうじゃいて、そいつらをご丁寧にも一匹残らず刺激してくれた級友(正しくは友人の友人である)はニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべていた。大きめの石をひとつ、崖の下に投げてみると着地音がしない。こまったなあ。私はこまっているんだけれどなあ。と、振り返る。
「…たのしそうだね」
「いや全然! おしっこちびりそう!」
「きったな」
「チカゲちゃんてやっぱ俺のこと嫌いよねえ!?」
「…わたし、飛行魔法苦手なんだよ。体もだけど意識が軽すぎて上手く制御できないんだって先生が言ってた」
つまり、級友(以下略)がここを飛んで逃げようと提案した場合、私は途中で彼とはぐれることになる。いやだなあ。この悪魔のことよく知らないけれど、仲間内での会話を聞いている限りだと私、置いていかれる気しかしない。
どうしようかなあ。もう一度そいつのことを見ると、そいつは私の想像よりも人懐っこく笑って言った。
「重くなれば飛行が安定するってこと?」
「物量だけの話じゃないよ、精神的にも、飛びきらないとって意識が軽いんだって」
「いややから、重くしたらいーんやろ?」
「簡単に言うじゃん…」
簡単でしょ。魔物の唸り声が近づいてきた。
あまり期待はしていない、期待はしていない。でもこの悪魔はロボロの仲間だから、あいつほどじゃなくても狡猾なはず。
「言ってみて」
「チカゲが俺を抱えて飛べばいい!」
ロボロ、友達は選びなさい。私はおかあさんか?
いつの間にちゃん付けまで消えてますがそれは?
「うい! 時間ねーぞ!」
リスク。こまった。これだとこいつもリスクを負うことに…いや続き回って魔物を怒らせたのはこいつなんだけど。採算的にはボコられてイーブンなんだけど。でも私まで? まじで?
両腕を広げて担ぎあげられる気満々のそいつの手を引いた。
せめてせめてせめて、なにか意趣返しを。と思ったのはこのときの私の驕りだったと思う。地に足を踏みしめて平均よりは低めで細めの身体を横に抱き上げる。「え゙」と悪くない声が聞こえた。
「大事なものって思い込めないと、効力落ちちゃうかもだから」
「お前これ誰にでもやんなよ!? 無双よ!?」
「誰にでもできるわけないじゃん、ロボロ仕込み。『そこそこの体格差なら覆せる体技心技の合わせ技やで』あと意外だから不意打ちキュン(?)があとから効いてくるんだってさ。知らんけど。」
「似てきたなあ!?」
無事奴らのバトラ室に戻り、次にこんこんと説教を受けたあと、部屋へ入ってきた鬱先生をみて「さっきの! やってみ!」と言われ試してみるとものの見事に失敗した。鬱先生はひょいっと空に放り投げられたあと無惨にも床に叩きつけられて萎んでいる。どこがとはいわないが。かわいそうだ。
「………え!? 悔しい! いつものくだらねえ攻撃はバチコリ当たってるのに」
納得いかない、とする私にトントンさんが話しかけてきた。
「浮かす魔法やろ? 」
「う、うん…」
「ほなチカゲがいちばんに安定して浮かせられるんはキントキくんやなあ。ほかは要練習」
腕をバタバタと振りながら去っていく豚さんの姿に、対して付き合い長くないんだけどな。わたしの性格傾向がしっかりバレてしまっているようだ。犯人かあ。犯人ね。はいはい。
わたしは席を立つと、荷物をリュックにまとめて背負った。
「なん? もう出るんか。ロボロ待ってかんの?」
「ロボロを探しに行くの! 文句言ってやんなきゃ」
悪周期がきた。最悪すぎる、とりあえずそれで先生たちに情報が行き渡ることを期待して、ロボロにチャットを送った。文面は大したものではない。「悪周期」とひと言だけ。もちろん生理が理由なら「生理」と送っていた。彼は嫌がるだろうが。