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8/5/2023, 5:11:42 PM

寒い。

どこに行くんだろう。まだ夜だよ。

23時26分。

お母さんが玄関のガラガラ扉を閉める音で、目を覚ました。外出するようだ。私の家庭は母子家庭である。お母さんが外に出たために家にひとりなってしまった。私はこのチャンスを逃すまいと、そそくさとテレビのリモコンを持つ。

『テレビの主導権はお母さんが持っている』

これは、私とお母さんとの暗黙のルールだ。私とお母さんの間には、暗黙のルールがたくさんある。説明するとキリがないくらい。こんなルールがいつ作られたのかなんて分からない。多分、私が産まれて、自我を確立する頃には、このルールは出来ていたのかも?そう。お母さんが家にいない今、私の観たい番組を思い切り観ることができる。ということなのだ。テレビを独り占めすることは、私の密かな夢のひとつだ。それが今、叶おうとしている。わくわくがとまらない。
この興奮を抑えるように、深呼吸をしてテレビをつけた。はーっと息をするとその吐息が白くなるのが分かった。よし、自分の観たい番組を悔いなく観よう。そう、決意し。自分の観たい番組を逃さないように、慎重にチャンネルを変えていく。
あれ?なんでだろう?自分の観たい番組がない、そうだ、もう12時になるころか。。。
この時間帯は、中々、私がおもしろいと思うような番組は放送されていないみたいだ。しかし、テレビは観たい。あるチャンネルで手を止めた。お寺?のような場所に人が集まっている??よく分からない。とりあえずこの変な中継を観ることにした。画面に映し出されている真っ暗な外は、しんしんと雪が降り積もっていた。

24時00分。

画面の右上に表示されている時刻が0:00になった途端、お坊さんのような人が何かを唱え。一本の太い木の棒を担いでいる数人の大男が大きな鐘を突く。ゴーンという重低音が脳を揺らした。
そして、変な中継のアナウンサーが喋りだす。

「明けましておめでとうございます。2006年になりました。皆さま良いお年をお迎えください。」

あ!あれお母さんだ!中継に写りこんでる!なるほど、これを見に行ったのか。なんで、これを見に行くのか私には理解が難しかった。面白さを微塵も感じられない。
アナウンサーの後ろにお母さんが、映り込んでいる。お母さんの彼氏がお母さんの身体を覆うように後ろから抱き、胸の前で互いの指を絡めていた。
そういえば。最後にお母さんが、私の手を触れてくれたのはいつなんだろう。忘れてしまった。考えると、悲しくなってきて、涙が頬をつたう。
私は自分の手を広げてみた。自分の手が異常な程、震えていることに今気づいた。寒さで震えてるのか、悲しさで震えてるのか。本当のことなんて私には分からない。もう、眠たくなってきた、自然と視界がぼやけていき意識がどこかへ飛ばされそうだ。テレビを消さないとお母さんにテレビを観ていた事がバレてしまう。そんなことを考えながら、目を閉じた。



「昨夜未明、13歳の娘を凍死させたとして、殺人の容疑で、30代の████容疑者が逮捕されました。警察は日頃から家庭内で暴行が行われていたとみて捜査を進めています。」