なにこれ。何この天気。ここまで曇らなくてもよくね?
天気=機嫌の人間には、このような空模様はきつい。太陽が出ていないと飢えた花のようになり、水中にいるように体が重くなり、だんだん古傷をえぐったりしはじめて、しまいには体にカビが生える。
よし。今日は好きなことをしよう。
といって1日を終えるに至るが、なんだかいつもより気分的に疲れていない。むしろ超元気。こんな天気なのに。
そこで気づいた。
楽しくできるかは自分次第ってよく言うけれど、こういうことか、と。
「物憂げな空」
Love you
Iがない
けど愛がないわけじゃない
折り重なった時間の畝が
Iと愛を証明する
「Love you」
0からのスタート
とはよく言うが、
その0まで漕ぎ着けるのに
相当なエネルギーがいる。
つまり、スタート時点に立ってる時点で
勝ち組ってことだ。
「0からの」
同じの「同」に感情の「情」。
その二つを組み合わせたものを、「同情」と呼ぶ。
けれども、それは「同じ感情」という意味ではないのだろう。
同情している側がされている側の感情を幾ら推し測ったところで、その感情は同情している側の創り出した虚像にすぎない。
相手と寸分の狂いもなく、完璧に同じ感情を共有するなどということは、結局のところ不可能なのだろうと思う。
だが、同情とは一種の包容であると私には思えてならないのだ。
相手の感情を想像し、寄り添い、まるで自分のことのように考える。差異は免れないかもしれない。しかし、同情している時、人は自分の心を一旦放置し、相手のために使っているのだ。それは相手の心への包容と言えるのではないか。
それこそが同情の真価なのではないだろうか。
これは、ある夜の私の戯言であった。
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