風鈴の音、と聞いてセンチメンタルな文章を書けるほどの思い出はない。
風鈴の音か〜、夏を感じられて良いよね、的なことをあんまり聞いたこともないくせに、いっちょまえに語る程度だ。
ただ、風鈴の思い出だったら、祖父母の家の風鈴が思いつく。庭の物干し竿に、特に意味もなくぶら下がってたやつである。なんなら、見た目も涼し気なガラスではなく、ずんとした重い鉄器のものだった。
そういえば、毎年夏休みに遊びに行くと、いとこと一緒に子供らしいことをして遊んだなあ。かるたとかオセロとか水遊びとか。夕方の涼しい時間には川沿いを散歩して、いつもとは違う自然風景には子供ながらに趣を感じたものだ。
なんだ、結構思い出を連れてくるじゃないか。風鈴の音。
メガネが壊れた。
真ん中からバキッと逝った。
もうどうしようもねえな。
視力ゴミカスの俺には終わりや。
逃げよう。現実から。
心だけ、逃避行。
冒険!冒険!!冒険!!!
心の踊る単語だ。私が昔から大好きなことの一つ。
つまらないとき、さみしいとき、心が世界から逃げたがっているとき。
いわゆるファンタジー世界での冒険を思い浮かべては、何度も旅をしていた。
勇者の私は商店街で魔法の道具を手に入れ、星が降り注ぐ湖の上を歩き、雲の中に隠された扉を見つける。
最近はしなくなってしまったから、もはや私は引きこもり勇者だけど、もう一度冒険に行くのも楽しそうだ。
さあ、出発しよう。
もう少しだ。
もう少しだけ、手を伸ばしたら、
届く。
どこにもいかないでくれ、
いつも目に付く場所にいてほしい。
近くにいてくれないと、
すごく不安になってしまうんだ。
お願い、こっちに来て。
そう思って、さらに手を伸ばす。
「届いて……」
僕の呼びかけも虚しく、テレビのリモコンは、何食わぬ顔で鎮座している。
あの日の景色なんて、たくさん思いつく。
それだけ思い出がつくれたことが嬉しい。