夢見る心
いつからか、夢を見ることが怖くなってしまった。周りに馬鹿にされそう、自分なんかにできるわけが無い、この2つが代表的な理由になる。特に後者が大きい。歳を取るに連れ自分の実力がわかっていく、その度に夢の大きさと自分の実力の無さに気付かされて無力感に押しつぶされる。
いつからこんな夢のない人になってしまったんだろう。
届かぬ想い
中学卒業の時、仲のいい友達と遊んでた。もうほぼ会うことのない友達。かけがえのない友達。高校に入れば時間が無くなり、いずれ疎遠になる。その友達のことが本当に大好きだった。遊びも終わる頃、次会うのは成人式かなとか思っていたら最後の言葉を交わす時間が来る。
「高校でも頑張れよ。大好きだった。」
この言葉が喉をつっかえて出てこない。この言葉の代わりに出てきたのは
「またな」
だった。またなんてあるかも分からないのに自然と出てきた。それは自分の希望だったのかもしれない。
今でも言えなかった後悔が頭の片隅に残っている。LINEなどで言ってもいいが、そんなこと気恥ずかしくて言えやしない。
届けたかったそんな想い
神様へ
もしも神様が居るとしたら僕は残念に思う。
生きたい人が死に、死にたい人が生きているこんな不条理を作り出した本人なのだから。
全知全能なのが神じゃないのか。もしも全知全能なのだとしたらどうしてこんな不条理を作ったのか。人が悶え苦しんでる姿を高みの見物でもしてるんだろう。つくづく嫌になる
快晴
快晴と聞くとむさ苦しい夏の日々のことを思い出す。 部活で苦しかったあと日々、勉強で苦しんだあの日々、初めて人生を終えようか迷ったあの日々、本当に嫌いだった。
遠くの空へ
空を見上げて見ると限りなく広くて、美しくてまだ未知のことがいっぱいあるんだろうなって希望が見える。
けど同時にこの世界は僕が生きるにはあまりに美しく、優しすぎた気がする