【昨日へのさよなら、明日との出会い】
時刻が変わるまで残り…
平々凡々な人生だった。学校に馴染めず、社会に馴染めず、家族にも心配と迷惑をかける。そんな人生だった。
親は言う。
「真っ当な人になりなさい」
兄弟は言う。
「𓏸𓏸はなんで何もしないの」
教師は。元クラスメイトは。元同僚は。
否定して。蔑んで。心配して。………でも結局は皆言うんだ。
「「怠けたいだけなんでしょ」」
こんな人生もう嫌だ。そう思った時。あるゲームに出会った。バーチャルゲームと呼ばれるそれはヘルメットみたいな物をかぶり、遊ぶゲームだった。
別の世界で、別の自分になれる
この世界の主人公は君だ!!
こんなキャッチフレーズだった気がする。
今思うととても安易なものだ。作り込まれてる世界観と「ゲーム」というフレーズだけで予約し、数週間。やっと手元に届いた。
あと、数分。あと、数分で時は1度リセットし新たな明日を迎える。
そして僕も、新しい自分って奴になれる。
こんな惨めで、何も出来ない僕でも、あの世界なら少しはマシになるかな。なんてね……。
そして遂に時は1度リセットされた。
「「ようこそ。新しい世界へ」」
【透明な水】
光が差し込むほど、透き通った湖。
燦々と輝く太陽と、青く澄んだ空を写したそんな湖がある。
ある日、少女は水汲みをするためにその湖を訪れた。
なんてことは無い。いつも行く水汲み場より綺麗な湖を発見したからだ。
いつも行く所。近所の人が多くて、賑やかないつもの場所。
いつも井戸端話を、沢山聞ける面白い場所。
けど、少し飽きてしまったのだ。開けた場所にあるこの湖に。人が多く行き交うこの湖に。そこに咲く花に。集まる人々に。
だからだろうか。森に採取に行った時に、ふと見つけた木々の間。そこにひっそりと輝くその湖に目を奪われたのは。
まるで妖精が休憩するために作られた様な、御伽噺に出てくるような、そんな湖に少女は目をそらすことが出来なかった。
とても綺麗な水だから、きっとお母さんもよろこんでくれるはず。
母親が喜ぶ姿を思い浮かべながら、少女はその湖を訪れた。
初めは賑やかだった道のりも、どんどん静かになっていった。
鳥達は囀るのをやめ、風はなりを潜めたかのようにシンっと静かになったのだ。
外界から引き剥がされたように感じるその道のりで、花や木々達はゆったりと咲き続けていた。
少女は少し怖くなって歩く脚を早めた。
可笑しい。追われてるわけでもないのに、何故か急ぎ足になるのは何故か。
怖い。
何が?
助けて。
誰から??
早く、たどり着かないと。
何処へ??
訳が分からず、でも湖にたどり着かないとという思いだけが強くなる少女。
少女はもう、一心不乱だった。こんな所に来なければよかったと思う心と、早く湖で水を汲みたいと思う心。
走って。走って。走って。
漸くたどり着いたその湖は遠目では見ることの出来なかった、言葉では言い表すことが烏滸がましい程の、景色が拡がっていた。
何故こんなこじんまりとした森なのに、広い湖が?
空に飛んでる見たことの無い生き物は何?
そんな今までの焦りや恐怖心を忘れ。いや、まるでなかったかのように、少女は歌を歌いながら湖の水を汲む。
透明で透き通った綺麗な水。
生き物が住んでない不思議な湖。
そんな湖の水を汲んだ少女はこの後どうなったのか。
無事に家まで帰れたのか。
大好きな母親と大好物を目の前に少女は嬉しそうに微笑む。
透き通った湖。そのまわりには花や木々達がゆったりと咲き続けている。
どこか懐かしい歌は風に乗り、どこまでも流れていくみたいだった。